ディスコミュニケーションを抱えた親子は軋轢とどう向き合う?

文字数 4,178文字

自分自身にとって最も身近な存在であり、同時に呪いのように離れ難い関係として、「親」の存在を挙げるひとは少なくないでしょう。そして同時に多くの親にとって、自らの子どもは切っても切り離せない存在でもあります。

遥か昔からその結びつきに着眼点を置き、あらゆる作品で親子関係は語られてきました。そして現代においても価値観のアップデートを続けながら、親から子に引き継がれていく呪縛やくるしみの連鎖は至る場所で描かれています。


今回はそんな軋轢を抱えている親子関係のなかでも、「言葉」に重きを置いている新人賞受賞作を二作品紹介していきます。

~第6回~

ディスコミュニケーションを抱えた親子は軋轢とどう向き合う?

宇野碧『レペゼン母』


第16回小説現代長編新人賞の受賞作。


タイトルにある通り、物語の主役となるのはひとりの母、和歌山で農園を経営している深見明子。放蕩ばかりしていて三年前に家を出て行った「バカ息子」の雄大に呆れながら、雄大の妻である沙羅と暮らしていました。


そしてあるとき、沙羅が出場するラップバトルの大会に同伴した明子は、そこでラップバトルとはなにかを目の当たりにします。それはパンチライン(決め台詞)やフロウ(歌い回しや聞き心地)を活かしてリズムに乗り、バイブス(雰囲気や情熱、その場の空気を支配しているか)を作り出していくラップバトル本来の面白さであり、同時に「女性」であるという理由だけで場の雰囲気から追い出され、負け組となってしまう沙羅のすがたでした。


その様子に怒った明子は一肌脱ぎ、ラップバトルを通じて沙羅の敵討ちを果たします。その様子が目に留められた明子はラップバトルの大きな大会に参加を勧められ、その過程で息子の雄大が同じ大会に出場することも知りました。


「おかん」の明子は「バカ息子」の雄大と、ラップバトルを通じてコミュニケーションをしていく様子が描かれていきます。


ラップバトル×おかん、という珍しくもキャッチーな組み合わせから、極めて普遍的なテーマを現代の視点を通じて投げかけていくのが本作の特徴です。


まず「男の場」という雰囲気が根付いているヒップホップの界隈を、女性を性的に揶揄するホモソーシャルの要素が色濃い場でもあると位置付け、現代を生きている女性の視点からヒップホップというジャンルのシーンを冷静に切り取っていきます。なぜ女性ということだけに対し下劣な言葉を並べるのか? ギャングスタ・ラップの世界観であれば許されるのか? 初心者の明子だからこそ抱ける素朴な視点は、ヒップホップで当たり前のように共有されてきた価値観を再構築していきます。また、その際にかつてヒップホップが黒人差別に対するカウンターカルチャーとして発生した経緯も同時に示すことで、女性を差別的に扱っていることそれ自体が一種の歪みとしても強調されていました。成立当時はカウンターだったはずの文化が新たな抑圧を生み出しているのだと、ジェンダー平等が浸透したいまの視点から改めて指摘をするのです。


そして、「男性の場」に明子が「母親」として果敢に立ち向かっていくことは、ヒップホップがうまれたときのように、新たなカルチャーが誕生する革命に似た契機としても成立します。だからこそ、明子がラップを披露するすがたは読者にとっても心強く、現代社会に根強く残る女性差別を打破する希望にもつながっていました。ラップという題材からでも共感を抱きやすいような物語となっています。


そして、ラップバトルを通じて明子の目に見えてくるものも、共感を得やすい普遍的なものとなっていました。それは息子とのディスコミュニケーションーー他人との相互不理解です。明子は雄大との勝負が近づくにつれて「相手を理解してこなかったのではないか」と自分を顧みます。親子として近い距離で接してきたがゆえに、「バカ息子」と一方的に決めつけて息子を理解してこなかったのではないかと。これらは沙羅に対して「ほんとうに娘だったらよかった」と思いながらも「もっと迷惑をかけてほしい」とこぼす、沙羅が実の娘ではないからこそ生じる関係性の距離からも対比されていました。


明子にとって雄大が取り替えのできない息子だから、あるいは雄大にとって明子が唯一無二の母親だから、言葉なしにわかりあおうとしてしまう(そしてすれ違ってしまう)ものがあるのだと、尊さとは紙一重の軋轢を親子関係に見出すのです。


それを示したうえで繰り広げられる明子と雄大のラップバトルは、親子の関係性を一度切り離して「勝負の場」に立ったからこそ、親子関係を前提にしていると見落としがちな「相手を理解する」「相手の放つ言葉を聞いて、きっちり返す」当たり前のコミュニケーションを再確認させるものとなっていました。相手に言葉をぶつけるラップバトルの作法が、ここにきて「相手の言葉を理解して臆面なく返せる手段」として機能するのです。


フロウやパンチラインを巧みに披露し、ラップバトルだからこそ通じ合えた親子の関係性が広がっている作品です。

東崎惟子『竜殺しのブリュンヒルド』


第28回電撃小説大賞の銀賞受賞作。


ノーヴェルラント帝国の人類が私欲のために伝説の島「エデン」へと侵攻し、島を護っている竜と争いを続けている世界が舞台となる本作。まだ幼い子どもだったブリュンヒルドは戦いの最中で「エデン」に取り残されてしまったところを白銀の竜に拾われ、娘同然に育てられました。成長につれて白銀の竜に愛を抱くようになるブリュンヒルドは彼から「憎悪の念を抱いてはならない」と教えられながらも、種族の違いに起因する価値観や生きる理の差異を次第に感じ取るようになります。


そして「エデン」に再び人類が侵攻してきたとき、別れの瞬間は訪れてしまいます。白銀の竜は無惨に殺され、ブリュンヒルドは自らも満身創痍な状態で帝国のベッドに運ばれます。

そしてベッドの上で告げられたのは、ブリュンヒルドが竜を殺す力を備えた「竜殺し」の血筋を引いている事実、そして、父親同然だった白銀の竜の命を奪ったのが、実父のシギベルトである事実でした。


復讐心に燃えるブリュンヒルドが「他人を憎んではならない」という竜の言葉を携えながら、その仇である実父シギベルトとどう向き合っていくかが焦点となる本作では、「コミュニケーションに対する諦念」が全体を通して行き渡っていました。「不便だ、人の言葉は」と漏らしながら実兄のシグルスに対して事情を説明しないまま去るブリュンヒルド。あるいは友人のザックスがブリュンヒルドに騙されていると気づきながらも「自分の言葉では太刀打ちできない」と指摘することを最初から諦めているシギベルト。言葉に対して消極的な二人のコミュニケーション手段は必然的に、言葉を必要としない「暴力」に傾いていきます。


そして「言葉によるコミュニケーションのわかりあえなさ」を強調しているのが、白銀の竜が操っていた「真声言語」の存在です。相手の知能や知識に関係なく、あらゆる生き物に伝えたいことをそのまま伝えることのできる万能の概念である「真声言語」は、あまりにもチートじみています。そしてこの言語を引き継いでいるブリュンヒルドは元々の母語ではなく「真声言語」を積極的に使っていき、他人を操って復讐を加速させていきました。「人間が使う言語の不完全さ」と「相互不理解の存在しない言語の完全さ」の相反したふたつが絡み合いながら暴力に傾倒していくため、コミュニケーションが交わせないこと、そして交わせすぎることの両方に対して恐ろしさと絶望を抱かせるようになっているのです。


だとすれば、絶望が支配するなかで私たちはどうコミュニケーションを交わせていけばよいのでしょう?


そこに一筋の光を灯すのが残された二人のメインキャラクター、ブリュンヒルドの実兄シグルスとシギベルトの友人ザックスです。シグルスはブリュンヒルドの滾る復讐心を知りながら、人間の言葉を交わしてブリュンヒルドの心を解きほぐしていきます。そしてザックスは愚直に相手を信頼して言葉を信じようとする姿勢が貫かれており、そこにはたとえ欺かれているとしても、馬鹿だと一太刀で切り捨てられない「人間らしさ」にあふれていました。


そしてブリュンヒルドは二人の言葉に対する姿勢を前に、「言葉の不自由さ」を諦めるのではなく、向き合っていく必要性にも差し迫られます。そのとき彼女の復讐心は果たしてどのような結末をもたらすのか、その答えは本書を手に取って確かめてみてください。


また、姉妹編となる『竜の姫ブリュンヒルド』でも「言葉」によるコミュニケーションの絶望と希望が描かれていました。そちらもあわせてぜひ。

今回は二作品を紹介していきました。


どちらも「言葉」に注目して親子間の通じ合えなさを描きながら、コミュニケーションの可能性を探る物語となっています。


言葉のわかりあえなさを自覚しながら、それでも意思疎通を図ろうとする試みは、言葉によって紡がれた小説だからこそいっそう胸を打つものでもあるのかもしれません。

そして「言葉」の力で読者の心を揺らがすことができたのならば、それは間違いなく、言葉によるコミュニケーションが決して無駄ではなく、何らかの効果を及ぼしていると証明にもなるのだと思います。

あわいゆき

都内在住の大学生。普段は幅広く小説を読みながらネットで書評やレビューを手掛ける。趣味は文学賞を追うこと。なんでも読んでなんでも書くがモットー。

Twitter : @snow_now_s

note : https://note.com/snow_and_millet/

第6回「この新人賞受賞作がすごい!」で取り上げたのは――

和歌山で農園を経営している深見明子は、息子の妻である沙羅の影響でヒップホップと出会った。練習しながら思い出すのは、三年前に家を出て行って行方がわからなくなった息子・雄大。ラップバトルの大会に雄大が出場すると知った明子は、ラップバトルの場で息子と勝負しようと決める。

竜に育てられた少女、ブリュンヒルド。愛していた竜を人間に殺された彼女は復讐を誓う。

かつて「他人を憎んではならない」と告げた竜の言葉と、滾り続ける復讐心とのあいだに揺らぎながら。

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