「特別」で在ろうとする感情と、特別になることの難しさ

文字数 3,971文字

突然ですが、「特別」になりたいと思ったことはありますか?

もしかしたらいまも特別な存在になりたいと思っているひとがいるかもしれません。学生時代は特別な存在に憧れていたけれど、いまはそうでもない、というひともいるかもしれません。世界に対してどのようなスタンスで向き合っていくかは人それぞれですが、かつて「特別」になりたいと願ったことのあるひとは、決して少なくないでしょう。

ただ——特別になろうとするためには、ときに大きな困難を伴うときもあります。

今回は「特別」になりたいとこいねがう中学生を描いた新人賞受賞作を二作、紹介していきます。

~第16回~

「特別」で在ろうとする感情と、特別になることの難しさ

朝霧咲『どうしようもなく辛かったよ』


第17回小説現代長編新人賞の受賞作。


愛知県のとある中学校で女子バレー部に所属していた同期8人。毎日LINEグループの通知が絶えないほど「仲良し」な関係を築いているように思われたものの、三年生への進級を直前に、慕っていた顧問が唐突に異動してしまい困惑することになります。残されたバレー部員たちは夏の最後の大会や部活の引退、高校受験や卒業などのイベントを経て、自らが抱える肥大化した自意識や、他者との関係性と向き合っていきます。


小学生から中学生になると、社会性を強く求められるようになる環境の変化や思春期による自意識から、自分が何者かで在ろうとする「特別」を求めるようになることも少なくありません。実際、そのような「特別」になりたい感情を描いた青春小説はこれまでにも多く刊行されてきました。

そして良好な関係を築いているようにみえる本作のバレー部員たちも、心の奥では「特別」になりたい感情を拗らせて、なんとか自分自身を特別だと思い込もうとしています。

 たとえば自分を〈主人公〉的な立場に起きたがり、そのためであれば他者を悲劇的に消費することも厭わないほど非日常を求める若菜、有り余るプライドが破壊されないように自己納得のための言い訳を重ねてしまう真希、打算を働かせて自らを常に特権的な立場に置くことで安穏を得ようとする桜。逆にルールから逸脱できずに無神経な周囲を僻みながら、自らも迷惑をかけてみたいと思っているくるみ。それぞれが異なる方法で、「特別」を手に入れようともがきます。


そしてこの「特別」を手に入れるためにもがこうとする過程を、決してきらきらした「青春小説味」あるものとしてコーディングしていないのが本作の特徴です。学生を主役にした多くの青春小説が健やかな、あるいは爽やかな精神的成長を描こうとするなか、本作ではむしろ人間の露悪的な部分、醜いとされる感情を徹底的に描いていきます。そして醜さから脱却するのではなく、生来的に抱えたものとして折り合いをつけていこうとするのです。その結果、大衆が賛美するような「青春」の背後にある人間関係の虚しさが露わになっており、その点でアンチ・青春小説的ともいえるかもしれません。



一方で、「特別」になりたい自意識を拗らせて悪意に近い感情をお互いに抱いたままでは、人間関係の破綻は免れないでしょう。しかしそうならないのは、「特別だと思い込もうとすること」の難しさと対をなすように存在する「軽薄に流されることの楽ちんさ」、特別から離れてその他大勢の一部にもなりたがろうとする無意識が存在するからです。

たとえば中学最後の大会でバレーの試合に負けてしまったとき、若菜以外のメンバーは悔しいというよりも自分に酔いしれて――プライドの高い真希や、常に打算的であろうとする桜でさえも――人目をはばからず大号泣します。また、身近な人間を消費する暴力性を棚に上げ、クラスでアイドル的に扱われている異性の優斗を「推し」として皆で写真を共有しあったりします。あるいは自分が標的にされないよういじめに加担し、良心の呵責に囚われるのではなくむしろいじめるのを楽しもうとします。

これらのように、自分は特別だと思い込みながらも、ときに流されて安易な行動をとってしまう――「特別」から離れて「集団」に馴染もうとする矛盾した感情が、結果的に人間関係を維持することになるのです。

「特別」で在ろうとしながら他人と関わっていくにはどうすればいいか、他者に対する悪意を含んだ感情をも包み隠さないことで、思春期の学生が形成するコミュニティをリアルに写し取っています。



作中で「推し」として多くの女性たちから崇められている優斗が、とある場面で後ろめたい自分自身を取り上げながらとある言葉を口にしました。「平均的に悪い奴なんて腐るほどいて、きっとみんなこんなもんなんだよ」。

平均的に悪いやつなんて腐るほどいる――これは本作の内容を的確に突いているでしょう。ほとんど人間が抱えている醜さ、俗っぽさから目をそらさないことで、「特別」になりたい思春期の切実さを描いた小説です。

小泉綾子『無敵の犬の夜』


第60回文藝賞の受賞作。


北九州に住んでいる中学生の五島界は、幼少期の事故によって右手の小指すべてと、薬指半分を失ってしまいました。それによって周囲に馴染めず、担任教師からもいたずらの報復として「かわいそうな弱者」だと授業中に晒されます。

しかし、中学をサボっているときにファミレスで高校生の橘と出会い、彼が担任教師に対する痛烈な仕返しを引き受けてくれたことで、その「強い」すがたに陶酔していくようになります。


田舎の閉鎖的な環境下で、界が一貫して希求しているのは「強さ」――退屈な生活を一変させる、誰からも舐められない唯一無二の、刺激的な熱を伴った「特別」です。

そのため、本来であれば不幸な事故にしかみえない指の欠損に対しても、界は「視界がぱあっと明るくなり、未来まで照らすような歓声が聞こえ、なんか気持ちがよかった」と述懐し、指の喪失に対して希少性ゆえの特別さ、価値を見いだそうとします。ここには小指が失われているから周囲に馴染めないのと同時に、小指が失われているからこそ特別な存在になれるのではないかと夢想する、マイノリティ性が抱える正負両方の側面が存在します。


そして、界はマイノリティ性を獲得して「特別」になれているのか――決してそうともいえないのが、本作の面白いところ。

橘の協力もあって担任教師に対する制裁を行った界は、教室内でもヒーローのように特別な存在として持ち上げられます。界は強くなったことを実感し、自分の席から覇者の気分で教室を見回すのです。

まだ中学生にすぎない界にとって、学校の教室内はほとんど「世界」に等しいものでしょう。先に紹介した「どうしようもなく辛かったよ』も、クラス内のヒエラルキーを世界と見なして、「特別」になろうとする少女たちが描かれていました。

しかし、中学生にとっては教室が「世界」でも、実際の世界は比べものにならないぐらい大きいものです。界はそれに気づけず、「家」や「学校」を基準にした強さを過信して、無謀にも大人にぶつかっていきます。そして当然、教室内では特別でも、世界に出てみたら特別ではなかったと思い知らされる――井の中の蛙大海を知らず、を体現している状況に何度も陥り、そのたびに自身がなんら「特別」になれていないとふりだしに戻されるのです。無敵になれたと錯覚しながらもその実まったく世界に干渉できていない、空回りにも気づけていないある種の虚無がページ全体に流れていました。


また、干渉できていないだけでなく、干渉しようとしない臆病さを描いているのも本作の特徴。「特別」になるためにはまず強大な世界に干渉して、関わっていこうとする勇気が必要です。しかし、強い相手と戦ったり、世界にかかわっていくのは、決して簡単ではありません。

だからこそ、『どうしようもなく辛かったよ』の登場人物たちが「集団」に属しようとすることで楽になろうとしたように、界も目指しているはずの「強さ」を安易に誇示し、目先のために消費しようとしてしまいます。将来の話をするよりも漫画の話をしたいと思ったり、事あるごとに見栄を張ろうとしたり。勝てそうにもない大人に尻込みする橘を軽蔑しながら、界自身も勝てそうな女性にターゲットを絞って金品を盗もうとしたり。

そうした小者らしさを自然に描くことで、単なる無謀さだけではない、人間味がうまれているのです。

今回は以上の二作品を紹介していきました。

どちらも自らを「特別」だと思い込もうとする自意識だけでなく、現実を前にして「特別」から離れた道を選んでしまう俗っぽさを両立させていました。ただ、この俗っぽさは疎むものではなく、すべての人間が共通して抱えている普遍的な感情の在り方です。

「特別」をこいねがう感情をただ思春期特有の一要素として片付けるのではなく、それに伴う俗な感情を包み隠さず描いているからこそ、中学生のみならず、多くの世代に刺さる作品に仕上がっています。

あわいゆき

都内在住の大学生。普段は幅広く小説を読みながらネットで書評やレビューを手掛ける。趣味は文学賞を追うこと。なんでも読んでなんでも書くがモットー。

Twitter : @snow_now_s

note : https://note.com/snow_and_millet/

第16回「この新人賞受賞作がすごい!」で取り上げたのは――

女子バレー部に所属していた中学生の若菜たちは、慕っていた顧問の異動により困惑を余儀なくさせられる。

そして八人はそれぞれの思春期を経験しながら、自意識や人間関係と向き合っていく。

九州で暮らしている五島界は、中学校をサボって遊びにいった先のファミレスで高校生の橘さんと出会う。

彼の「強さ」に惹かれた界は、自分も強くなろうとあがきはじめる。

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