個性的な人物たちが織りなす日常と、その内側にある人間らしさ

文字数 4,006文字

小説を読んでいるとき、「ドラマ性」に期待しながら読むひとは多いのではないでしょうか。特にエンターテインメント小説のジャンルでは、主人公がなにか大きな事件に巻き込まれたり、はっきりと成長を実感できるイベントが訪れる、そうしたドラマ性にあふれる展開を設けられることがほとんどです。

一方で、大きな事件が起きるわけでもなく、主人公らが日常を営む様子を淡々と描いていく作品も存在します。

今回は個性的な登場人物たちが日常を営んでいく新人賞受賞作を二作、紹介していきます。

~第14回~

個性的な人物たちが織りなす日常と、その内側にある人間らしさ

福田節郎『銭湯』


第4回ことばと新人賞の受賞作。


水上顕があまりにも濃い一日を過ごす物語——あらすじを一言でまとめるとそうとしか言いようがない本作。すべてのきっかけは、水上が知り合いの平井さんから「キザキさんに会ってほしい」と、顔も知らない相手との待ち合わせを依頼されたことでした。

服装を目印に待ち合わせをしていた水上でしたが、肝心のキザキさんは、やってきたはいいもののなぜか別の知り合いとバスに乗り込んでしまい、途方に暮れてしまいます。そしてキザキさんのかわりにやってきたのは「サカナさん」と呼ばれるこれまた見知らぬ女性。

彼女に連れていかれた先で、水上は初対面の人間たちとさまざまな出会いをはたしていきます。



本作ではなにか事件が起きたり、主人公に大きな成長がもたらされるわけではありません。話の流れに突き動かされるがまま、水上が向かう先で一癖も二癖もある登場人物たちが次々に登場し、思い思いのくだらないエピソードを語っていきます。

そして聞き手役に徹している水上は、会話の内容に対して延々と思考を連ねていくのですが、とうの水上も「平凡なツッコミ役」かと聞かれるとかなり怪しいところ。一方的に展開される噛み合わない会話を受け止めているうち、明後日の方向へと思考が飛躍していくことはしょっちゅう。あくまでも「聞き手」として存在しているだけで話を聞いているかは別問題、正面から受け止めて会話を成立させようとする節はあまりみられません。

水上も真剣に取り合っているわけではない、いまいち機能していない会話がひたすら積み重なっていくことで、ありふれていながらおかしみのある「日常」を生み出しているのです。



ただ、こうして紹介していくと、水上は聞き手に相応しくない姿勢をみせているようにも思えます。登場人物のほとんどは一方的に喋り倒してくるわけだから、水上がいなくても成立するはずです。


だとすれば、水上は話者にとって「いてもいなくてもいい」存在なのでしょうか——決してそんなことはありません。 「会話のなかに聞き手が存在している」事実に、大きな意味があります。聞き手はただ存在しているだけで、話者にとって話しやすい環境を提供してくれるのです。

実際、水上が出会う癖の強い人物たちは、赤の他人である彼に対して一方的に喋りかけることである種の快感を得ています。ストレスを発散したり楽しんだり面白がったり、感情の内訳がどうあれ「聞き手のいる状況」だからこそ初めて話せるものがあり、どれだけくだらない内容でも、耳を傾けてもらえることで救われる孤独はあるはずです。


一方で、話者が一方的に喋り倒してしまう状況、ろくすっぽ成立していない話者と聴者の関係性の裏側に、水上のコミュニケーションに対する怯えが含まれているのではないかとも作中では示唆されていました。

たとえば水上は、キザキさんらしきひとを見つけても接する態度を決めかねて声をかけようとしません。そしてキザキさんがバスに乗ってしまうと役割を果たせないにもかかわらず、真っ先に安心します。また、相手の真面目な話にも「でもそれ面白い話なのか?」と咄嗟に返してしまい、くだらない日常に収束させようとすることで相手の“真面目さ”に応えるのをことごとくかわそうとするのです。

これは水上の抱える〈人間らしさ〉であると同時に、相手の〈人間らしさ〉から目を背ける行為にもつながりかねません。「一癖も二癖もある人物」の面白いエピソードとして道化的に扱うことで、その内面に触れるのを怖がる——日々の生活を「日常」として処理してしまう危うさをも、描き出そうとしていました。

終盤、サカナさんが「大事な人と面と向かわないで、逃げて逃げて逃げて、いい加減なことを言い続けて、へらへら笑ってごまかして死ぬまで生きていくのかよ!」と水上を断じるのは、そんな水上の性格を見透かしているからこそでしょう。

聞き手として存在しているだけで意味があるとしても、たまたま出会った赤の他人から関係性を一歩先に進めるには、面と向き合う必要があるのです。


面白いエピソードの数々を通じて、「会話」を通したヒトとヒトのコミュニケーションの在りかた、そして関係性の築きかたを描いた小説です。

宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』


第20回女による女のためのR-18文学賞の受賞作。


滋賀県にある西武大津店の閉店が決まった2020年の夏。コロナ禍で満足いくような学生生活を送れていなかった中学2年生の成瀬あかりはひと夏の思い出を作るために「この夏を西武に捧げる」と誓います。成瀬が毎日西武大津店に通うことを決めるなか、幼馴染の島崎みゆきは、ローカル番組の中継に毎日映る成瀬をチェックすることに。

成長していく成瀬あかりを中心に据えた連作短編集。


タイトルからすでに「天下を取りにいく」とスケールの大きなことを謳っているだけあって、物語の中心人物となる成瀬あかりはいつでもスケールが大きく、あまりに癖のつよい女の子です。

幼稚園のころから走るのが速く絵も歌も上手で、おまけに勉強もできる……そんな天才肌な気質は前提に、たとえば小学校の卒業文集には「二百歳まで生きる」と書いたり、いきなり「シャボン玉を極めようと思う」と宣言して実際に〈天才シャボン玉少女〉としてローカル番組に出演したり、細かいエピソードにも事欠きません。『大きなことを百個言ってひとつでも叶えたら「あの人すごい」になる」』を持論にして実践していく大胆さは、物語に大きな熱量と、否が応でも引っ張っていく力強さを与えています。


そんな成瀬が中学二年生の夏休みに決意した「この夏を西武に捧げる」。

西武大津店に毎日通うようになるなか、成瀬の行動は彼女のスケールと比例するように世界を大きく変えるのかと言われたら——実際のところ、そんなことはありません。成瀬がバズって大騒動になったり、西武大津店の存続可能性に光が差すなどの大きなドラマが発生するわけではなく、あくまでも成瀬と島崎が経験した「夏休みの思い出」に留まっています。

ただ、それは物語がこぢんまりとしている、という意味では決してなく、むしろ物語のスケールが小さいからこそ、ひとつひとつの些細な出来事がかけがえのない思い出になるのだとわかりやすく伝えられていました。たとえばSNSで成瀬に言及してくれる数人の匿名アカウントや、幼い女の子から渡される似顔絵。「西武大津店の閉店」という大きな出来事を背景にしながら、あえて小さなエピソードをひたすら積み重ねることで、成瀬あかりが及ぼした「小さな影響」が世界を変えずとも当人にとってはいかに大きなものであるか、日常の尊さを示すのです。



そして、成瀬あかりはいずれの短編でも否応なく存在感を発揮しながら、最後の短編で満を持して語り手の立場を担います。ここに至るまで「癖の強い個性的な女の子」としてみられる側だった成瀬は他人をみる側にまわることで、島崎や周囲の人たちに対する素朴な本心を覗かせるのです。大胆すぎた成瀬が〈人間らしさ〉を垣間見せることで、読者にとっても身近な存在として感じられるようになっています。

また、作中に登場する西武大津店が2020年に閉店したのは現実の出来事ともリンクしており、コロナ禍ゆえにソーシャルディスタンスやマスク着用を徹底する姿勢も含めて、時代性・郷土性を感じさせる固有名詞が本作では惜しみなく登場していました。

「物語のスケール」や「成瀬の人間らしさ」と併せて、数々の固有名詞が私たちが暮らす現実世界に存在しているような予感を与えているのも、より成瀬の存在を身近に感じられて愛着を抱けるようになっている一因でしょう。


物語を最後まで読んだとき、癖の強い成瀬あかりの存在が愛おしくなる、小さな「日常」を描ききった青春小説です。

今回は以上の二作品を紹介していきました。


どちらも大きなドラマが起きるわけではなく、個性の強い登場人物たちが淡々と面白おかしい日常を営んでいきます。

一方で彼ら彼女らが醸し出す人間らしさからは、癖のある登場人物たちがまるで現実にいるような予感を与えていました。ありふれていそうでなおかつおかしみのある、一見矛盾していそうな二要素をうまく同居させることで、共感できて愛おしい「小説」になっています。

あわいゆき

都内在住の大学生。普段は幅広く小説を読みながらネットで書評やレビューを手掛ける。趣味は文学賞を追うこと。なんでも読んでなんでも書くがモットー。

Twitter : @snow_now_s

note : https://note.com/snow_and_millet/

第14回「この新人賞受賞作がすごい!」で取り上げたのは――

知り合いから依頼を受けて駅に向かった水上顕は、待ち合わせ相手に約束を反故されたあげく、初対面のサカナさんに連れて行かれて居酒屋に赴く。水上顕が過ごす長くて濃い一日。他「Maxとき」も収録。

中学2年生の成瀬あかりが夏休みに言い出したのは、「この夏を西武に捧げる」。閉店してしまう西武大津店に毎日通うことだった。ほか、成瀬あかりや周囲の人物の青春を描いた連作短編集。

登場人物紹介

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