『会いに行って』/ミルキィ・イソベ

文字数 1,923文字

そう-てい【装丁・装釘・装幀】


書物を綴じて表紙などをつけること。

また、製本の仕上装飾すなわち表紙・見返し・扉・カバーなどの体裁から製本材料の選択までを含めて、書物の形式面の調和美をつくり上げる技術。

また、その意匠。装本。


『広辞苑 第七版』(岩波書店)より

プロのデザイナーが、「本」のデザインについて語るエッセイ企画『装幀のあとがき』。


第3回は、『会いに行って 静流藤娘紀行』(笙野頼子)のブックデザインを担当していただいたミルキィ・イソベさんです!

●どの絵を使う?

作品選びのためにカバーラフを送る

作中にも登場する版画家・青木鐡夫さんの作品を装画に使いたいとのお話があった。検索してみると、候補で送っていただいていた作品以外にも、対話がテーマ(と、私が勝手に思っているだけなのだけど)の青木作品にたくさん出会っていく。楽しい作業だ。絵は、タイトルの入れ方も若干頭に置きながら選ぶけれど、惹きつけられる絵であることが大事だ。著者の方や編集さんに検討してもらうためには、仮でもタイトルがあしらわれている状態で見てもらえば判断しやすい。


「『会いに行って』は多くの人のおかげで作ってもらえた本なので人間関係の出ている絵柄が良いと思います」と笙野さんから貴重な言葉をいただいた。その視点に立って5点の作品を選び、仮組のタイトルをあしらって、5案見ていただくことにした。

私の一押しは、4人がベンチに腰掛けている作品(plan1)であった。語らうでもなく、でもデリケートな距離の中で、まだ言葉にならない呟きによって対話がうまれそうでもあり、あるいは対話は未完になるかもしれない。4人の仕草がそんな気配を醸し出している「ベンチ」という作品。この作品は、元々は図2のように頭部まで描かれている。デザインで頭部を入れなかったのは、頭部には表情というか気配が既に描かれていたためだ。

●タイトルが暗示するもの

行っての「て」がだいじ

実は最初のラフを提示した段階では、作品中に登場する3人の作家との交感をイメージしていた。いただいていた絵の候補もplan3の絵柄などで、志賀直哉、中野重治、と師匠・藤枝静男の、人となりや表現の差異を描きながら、藤枝静男を浮かび上がらせて行くものと思っていた。それは大前提として、まさに“会いに行って”みることから立ち上がってくるものを掴めと、笙野さんの言葉が指ししめしてくれたのだった。


“会いに行って”みれば――そこから変化が起きるのだ。


作中の遺族のお嬢さんとのやりとりも、今につながる人との交流について描かれていることも、登場する作家たちの考え方にも、そして、藤枝静男の生きた土地の青、「海はギリシャの青、浜松の空は抜けるようなブルー」(笙野さんの説明)とも読者は出会うことになる。タイトルのタイポグラフィは考え直そう。


こうした人々との出会い触れ合いによる心情をも感じさせる文字のかたち、格式と優しさとを湛えたタイポグラフィで構成することにした。藤枝静男や作家たちとの時空を超えた交感を主軸にすれば、文字面にも強さが欲しくなる。そうではなく、やわらかな声が聞こえてくるような……。

●青という光の色

冒頭で触れたように、候補作品を選ぶためのラフを作成した際、タイトル廻りに藤色をあしらっていた。当初の打合せで「藤枝」つながりで藤色を差し色として活かしたいですねと話していたためだ。ものづくりとは可変・自在なものであってよい。やりとりの中で、藤枝静男の生地の海の青、空の青、をどこかに活かしたいとなっていく。ではどのように?

上製本の装幀の楽しいところは、カバーや帯、表紙、見返し、化粧扉だけでなく、花布や栞ひもなど、色や素材を効かせる場所がそこここにあることだ。たとえば、花布などは和装の半襟を選んだりするのと同じような感覚。とは言え、きりっとしたモノトーンをメインに据えた場合、藤色とさわやか&鮮やかな青の取り合わせというのはモノトーンの潔さを削いでしまい、正直、共存は難しい。


差し色というのは、ピリっと効かなきゃ意味がない。


言葉遊び的な“藤”色は捨て、なおかつ差し色ではなく青を活かす方向に決めた。藤枝静男が生きたその土地・自然の色は、単なるあしらいの色ではない、この物語を紡いでいる登場人物そして著者にとって生きている証なのだから。

ミルキィ・イソベ

東京生まれ。ペヨトル工房にて『夜想』『WAVE』などの編集・デザイン。1996年~2013年ポケモンカードゲームのマスターデザイン。00年ステュディオ・パラボリカ設立。
http://www.yaso-peyotl.com

https://www.facebook.com/milky.isobe

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