『晴れ、時々くらげを呼ぶ』/岡本歌織(next door design)

文字数 2,798文字

そう-てい【装丁・装釘・装幀】


書物を綴じて表紙などをつけること。

また、製本の仕上装飾すなわち表紙・見返し・扉・カバーなどの体裁から製本材料の選択までを含めて、書物の形式面の調和美をつくり上げる技術。

また、その意匠。装本。


『広辞苑 第七版』(岩波書店)より

プロのデザイナーが、「本」のデザインについて語るエッセイ企画『装幀のあとがき』。今回は『晴れ、時々くらげを呼ぶ』を担当していただいた岡本歌織さん(next door design)です!

『晴れ、時々くらげを呼ぶ』という作品の装丁を担当させていただきました、next door designの岡本と申します。

こちらの本のご依頼をいただいたのは、2019年の年末でした。

著者の鯨井あめさんは21歳の大学生で、「小説現代長編新人賞」を受賞した作品だということを伺って、「それは気合いを入れてがんばらねば!」と思いました。


まず、まだゲラにもなっていない応募原稿を読ませていただきました。

(この状態の作品を読ませていただけるのは、デザイナーの特権という感じがして嬉しいです)

ストーリーは「くらげを呼ぶことで世の中の理不尽に立ち向かおうとする高校生の成長物語」という一見ファンタスティックな設定ですが、読んでみると年齢問わず共感して楽しめる物語だと思いました。

自分も学生時代にたくさんの本に触れて「世の中にはこんなにおもしろいお話があるのか!」と感動し、本の中に無限に広がる世界に夢中になったので、この作品は、大人も子供も本を普段読む人もあまり読まない人も、とにかくたくさんの人に読んでもらいたいなと思いました。


「今にもクラゲが降ってきそうな、綺麗な空の写真が良いですよね」ということで空の写真を撮られている写真家の作品をひたすら探し、数人の候補を出した中で、今回ご依頼をしたコハラタケルさんにお願いすることに決まりました。


コハラさんの写真の中から6点ほど、この作品に合いそうな写真をピックアップして、タイトルを仮置きした状態で編集の方にご提案してみました。

今回は、帯(本の宣伝文句が入ってカバーに巻かれている紙)に、感想コメントがたくさん入る予定なので

幅広帯(通常、帯の高さは6cmくらいですが、それよりも高い帯のこと)にしたいと最初から決まっていたため、それを想定して、写真の中のモデルさんは帯より上に出るように配置しています。

(白い半透明の部分は、「帯」が巻かれるアタリ位置です)


そしてこの中からさらに3点に絞っていただき、加工イメージと合わせてデザインをつめていき、再度提案し、Cの写真にきまりました。

また今回は、箔押しや変わった紙を使うなど、少し装丁にお金をかけてもOKということを最初から言われていたので、クラゲのイラストを上から<ツヤ銀の箔押し>を乗せることに決まりました。


実はこの時点で、Cの写真はモデルさんの顔が正面向きで、顔がかなり見えるような写真だったのですが、顔ができるだけ見えない方がイメージを固定しすぎなくていいなと思っていたので、コハラさんに写真の使用可否を問い合わせをした際にそのあたりも相談して、もう少し顔が見えないアザーカットがないかをお聞きしたところ、最終的にカバーで使用している完全に横向きの写真を送ってくださり、無事問題がクリアできました。


そして、全体のデザインを完成させて印刷データを入稿しました。

一般的な装丁作業では、一度入稿すればデザイン作業はひと段落、あとは色校を楽しみに…ということが多いのですが、この本はまだこのあとも色々ありました(笑)


まず、「上に乗せているくらげの絵の銀箔の線の太さが0.1mmよりも細い部分があり、線が出なかったり、はがれやすくなってしまう可能性があるけれど大丈夫か?」と印刷所から問い合わせがきてしまいました。

多少線がかすれて出ないことはかまわないと思っていたのですが、はがれやすくなるのは問題だと思い、線を0.1mmまで太らせて再度入稿し、出てきた色校を見てみたところ、また2つ問題点が出てきてしまいました。


1、「クラゲのイラストが少し緻密でリアルすぎてちょっと怖い…」という意見が。

ツヤ銀箔なので、少しギラついた感じがする上に、線を太くして主張が強くなったことが、そう感じさせる要因だったのかもしれません。

なので、クラゲの絵をもう少しシンプルにあっさりした絵で書き直して、今度は通常の<ツヤ銀箔>から<ツヤ消し銀箔>に変更して、再度箔押しをし直すことになりました。


2、色校をみたところ「写真が少し暗くて書店で目立たなくなってしまうのでは…」という意見が編集部から出たとのこと。

そもそも夜明けの写真ですし、この段階で言われてしまうと少し辛いものの、色校で見てみないと仕上がりのイメージはわかりづらいので、しょうがないのかもしれません。

もう少し空の色を明るく鮮やかに調整させてもらう方向で修正することになりました。


1番に関しては、再校を見てみたところ今度はあっさりしすぎて目立たなくなってしまったので(汗)

最終的には、絵はシンプルにしたもので+加工は初校の<ツヤ銀箔>にすることで落ち着きました。


2番に関して、写真家のコハラさんに写真の色を明るくしていいか確認したところ、「ここまで明るくされてしまうと自分の作品とは言えなくなってしまうのではないかと思う」と、率直な気持ちを話してくださり、こちらの明るくしたい意図を説明して話し合いをした結果、納得していただくことができました。

結局コハラさんの優しさに甘える形になってしまい申し訳なかったです。



そして、写真が明るくなり、銀で箔押しされたくらげも可愛らしく綺麗に出て、

なんとか無事校了となりました…。

長い制作期間の中で紆余曲折あった本ですが、書店で本が並んでいるのを見て「本当にくらげが降ったみたいだな」と思い、SNSで本の感想を見ていると「ジャケ買いした」と書いてくださっている人がいたり、とても嬉しくなりました。


本当にとても素敵な作品なので、ぜひ読んでいただけたら嬉しいです!

岡本歌織 (next door design)

東京都生まれ。広告制作会社勤務を経て、株式会社bookwallでブックデザインを学び、

2015年からnext door designに所属。

文芸書を中心に、児童書、雑誌、コミックなど様々なデザインをさせていただいています。


next door design : http://n-d-d.jp/

Twitter : https://twitter.com/nextdoor_d?lang=ja

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