「神馬のお告げ」 茜灯里

文字数 1,124文字

(*小説宝石2021年3月号掲載)
2021/02/24 12:39

国の一ノ宮巡りをするくらい神社が好きだ。必ず一の鳥居から徒歩で境内に入り、最後の鳥居前にある手水舎(ちようずや)で手を洗い、口を漱(すす)ぐ。狛犬(こまいぬ)に挨拶をして、拝殿(はいでん)、本殿(ほんでん)、摂社(せつしや)、伊勢神宮(いせじんぐう)の遥拝所(ようはいじよ)と隅から隅まで参拝する。神社は、神と対話しながら自分と向き合えるのが良い。きっと誰もが思うことだろう。


 私が他人(ひと)と違うところは、神馬舎(しんめしや)の参拝に時間をかけることだ。日本ミステリー文学大賞新人賞の審査中は、週二回のペースで神社に行って神馬に祈りを捧げた。「私の作品で人々に馬の魅力を伝えるので、どうか受賞させて下さい」。大抵の神馬は、顔色一つ変えず、私を見返す。唯一、ブンブンと首を縦に振って「よし、わかった」と請け合ってくれたのが京都・上賀茂神社(かみがもじんじや)の神山(こうやま)号だ。


 神山号は全国でも珍しい、生き馬の神馬だ。神馬は三種類に分類できる。野外に置かれる金属の馬、神馬舎に入っている人形の馬、生きている本物の馬。全国には八万社以上あるが、生きた馬を祀(まつ)るのは、私が知る限りわずか十数社だ。


 上賀茂神社の神馬は白馬と決まっている。普段は大学馬術部に預けられていて、日祝日、祭事の時だけ「出社」する。当代の神山号は「文学」にも縁がある。競走馬時代は、現在も大活躍している大物作家の持ち馬だったのだ。作家志望者にとって、願を掛けるのにこれ以上相応(ふさわ)しい神馬はいない。


 受賞後にも参拝した。傍らに立つお爺さんにお気持ち(百円)を渡すと、皿が透けて見えるくらい薄く切ったニンジン二切れを渡される。神山号の真正面に立てる通行手形だ。ニンジンを差し出しながら、食べ終わるまでの短い時間で念じる。「受賞しました。ともかく、馬のために頑張るからお願いします」。神山号は二切れ飲み込むと、首を横に振った。私はハッと気付いた。「そうか、馬だけに囚われず、良い作品をたくさん書けということか」。嘶(いなな)きに送り出される。私は神馬に深く礼をして、退出した。

2021/02/24 12:40
2021/02/24 12:41
【あらすじ】

2024年、東京五輪の連続開催を控える日本で「新型馬インフルエンザ」が発生。馬が暴れ、ヒトを襲う「狂騒型」のウイルスだった。五輪は無事に開催できるのか、その先に現れる、もう一つの恐ろしいウイルスとは―。第24回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。


【PROFILE】

あかね・あかり 1971年、東京都生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専攻卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)、獣医師。現在、大学教員。

2021/02/24 12:41

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