さよならシュレディンガーで「死んだ山田の子守唄」 佳多山大地

文字数 1,770文字

さよならシュレディンガーで「死んだ山田の子守唄」


 山田が事故で死んだのさ とってもいい奴だったのに

 現場に片目の猫がいて 助けられたと鳴いたのさ


 (けい)(えい)大学附属()()高等学校二年E組の山田が死んだ。もうすぐ夏休みが終わる8月29日、飲酒運転の車に轢かれて。二年E組の、文字どおり中心だった山田の死に、虚脱するクラスメイトたち。だが、2学期初日の臨時ホームルーム中、突然、黒板の上のスピーカーから、〈いや、いくら男子校の席替えだからって盛り下がりすぎだろ〉と、山田以外の何者でもない声が聞こえてきた? ああ、なんと二年E組が大好きだった山田は、生前と同様の減らず口と、五感のうち聴覚だけ働く状態で教室のスピーカーの中になぜか甦ったのだ。山田と二年E組のクラスメイトとの青春は、まだまだ終わらない……!


 最新の第65回メフィスト賞受賞作、(かね)()(れい)(すけ)の『死んだ山田と教室』は、およそ類を見ない突飛な設定を持ち込んで幕が上がる青春小説だ。いや正直、死後に“スピーカー男”と化す主人公の設定が面白すぎるだけに、いわゆる()オチの話じゃないかと危惧したのも確か。第1話「死んだ山田と席替え」がこの物語のピークであり、あとは尻すぼみなエピソードが並んで、まあ最後は大好きな仲間が高校を卒業するのと同時に山田が成仏するんだろうな、と。

 だが、そんな予測は、嬉しいことに裏切られる。死んだ山田は、二年E組で「あんなに人気者」だった。けれど、人気者、なんてのは、ほとんどその人のことを何も言ってないに等しい。どんな運命のいたずらかラジオパーソナリティのような存在として復活した山田と、リスナーたる35名のクラスメイト(プラス担任教師)との“その後の学校生活”を描きながら、この世の肉体にサヨナラしてようやく山田の人間性(パーソナリティ)は徐々に明らかになっていく。山田が死んで2か月後の文化祭に、山田が校外で組んでいたバンド《さよならシュレディンガー》の女子メンバーや、山田の中学時代を知る他校の男子生徒が穂木高二年E組をたまたま訪れる第4話「死んだ山田とカフェ」以降、青春小説としての陰翳はずっとずっと深くなっていくのだ。山田は単なる人気者なんかじゃなかったし、彼のクラスメイトたちも山田という〈教室の太陽〉に照らされるだけの存在ではない。出オチの小説かも、なんて見くびっていたにもほどがある。


 と、ここまで『死んだ山田と教室』のことを、「青春小説」とだけ紹介してきた。だが、そこはやはりメフィスト賞受賞作。推理小説(ミステリ)的な要素も、しっかり盛り込まれている。新聞部所属のクラスメイトが追及する、山田の自動車事故の裏側。それに、山田が深夜、勝手に放送していた《ファイア山田のオールナイトニッポン》の熱心なリスナーとなるクラスメイトの正体。それにそもそも、山田の霊魂だか〈意識〉だかが、本当にスピーカーに宿っているのかどうか、エトセトラ、エトセトラ……。

 なかでも最後まで残る最大の謎は、山田の死が単純な事故だったかどうか。クラスメイトの一人はその真相を名探偵のごとく見抜いているのだけれど、じつにこの〈謎解き〉がもたらすのはミステリ的なカタルシス以上に、青春小説としての普遍的な輝きにほかならない。なので「青春ミステリ」よりも「青春小説」と呼ぶほうが適当だと判断しているわけだが、とにかくエンターテインメント性に富んで“笑って泣ける”、メフィスト賞受賞作にふさわしい“今までに読んだことがない小説”だと断言しておきたい。


 青春、なんて熟語は書くだけで気恥ずかしくなるもの。青春の時はキラキラしているばかりじゃない。忘れたくない楽しい思い出よりも、忘れたいのに忘れられないことと、どうしてだかキレイさっぱり忘れたこと(友人の記憶には残っているらしい……)でできている。そして、ほとんどすべての人が、自分はこの世界の主人公なんかじゃないことを思い知って幕を下ろすのだ。二年E組の主人公だったはずの山田の、青臭く、せつなく、愛すべき青春時代の行方を、あなたもぜひ見届けてほしい。


〈というわけで、これでレビューはお仕舞い。最後にもう一曲。さよならシュレディン

ガーで「匣の猫の失楽」〉

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