「青春異世界ミステリ」の傑作の誕生 政宗 九

文字数 2,003文字

「青春異世界ミステリ」の傑作の誕生


 メフィスト賞は毎回何が出てくるか分からない、おもちゃ箱のような存在だと思う。


 私は雑誌「メフィスト」の愛読者だったので、「メフィスト賞」の創設当初からリアルタイムでこの賞および受賞作、受賞作家を追いかけてきた。新人賞への応募ではなく、編集部への持ち込み原稿を編集者が読み、面白いと思ったら出版、という、当時では型破りな形式で、応募作品を批評する「座談会」も「メフィスト」誌に掲載され、新しい作家の誕生を読者もほぼ同時に目撃できる形式だった。

 メフィスト賞は、創設のきっかけとなったと言われる京極夏彦さんの登場や、第1回の受賞者が森博嗣さんであることなど、基本的にはミステリ作品が受賞することが多い。だが、応募ジャンルが定められているわけではないので、ファンタジーや青春小説、SFや時代小説など、様々なタイプの小説がメフィスト賞として世に出てくる。それでも私の印象では、「広義のミステリ作品」が多い賞だと思っている。ガチガチの本格ミステリでなくても、こういうタイプのミステリだってありではないか、という感じで、ミステリというジャンルの裾野の広さを感じさせる賞ではないだろうかと思う。


 そのメフィスト賞、最新の第65回受賞作が、金子玲介さんの『死んだ山田と教室』である。

一読、これも立派な「広義のミステリ」だな、と感じたので、このレビューの最後にそのあたりにも触れておきたい。


 タイトルの通り、主人公は山田だが、冒頭、いきなり山田の通夜のシーンから始まる。山田は夏休みの最後に車に轢かれてしまったのだ。主人公が最初から死んでいる小説も破天荒だが、すぐにそれ以上に破天荒な状態が訪れる。その山田の声が、高校の教室のスピーカーから聞こえてきたのだ。どうやら死んだ山田がスピーカーに転生したらしい。それを知ったクラスメイトたちも、その異常事態をすんなり受け入れていることも面白いのだが、山田は二学期が始まるにあたり「二年E組の最強の配置」すなわち席替えの席順を決めていた、とスピーカーから発表する。その配置を聞いたみんなも納得する。


 主人公が死んで異世界に転生するような物語は、ライトノベルやネット小説などではひとつのジャンルを形成するほど流行して久しい。リアル世界では地味な主人公が、異世界ではヒーローになる、というようなタイプの小説が主流らしい。しかしその異世界転生物語は基本的に「現実世界から非現実世界への転生」がほとんど。それらとは違って、別人の心に入り込む、または過去・未来の自分に転生する、という小説もよくある。虫への転生物語だって、カフカ『変身』や道尾秀介さん『向日葵の咲かない夏』などの名作がある。

 だが本作のような「無機物」への転生は極めてまれだ。アガサ・クリスティー賞受賞作のそえだ信さん『地べたを旅立つ』(改題『掃除機探偵の推理と冒険』ハヤカワ文庫)が「ロボット掃除機」に転生する小説として記憶に新しい。が、ロボット掃除機は動くものだ。本作『死んだ山田と教室』の山田は、教室のスピーカーなので、動くことができない。しかも声は教室内にしか響かないので、教室以外に自分の存在を訴えることができないのだ。

 山田は二年E組でも人気者だったので、日中、生徒たちがいる間は彼らとの会話を楽しめる(男子校らしい下ネタも出てくる)。だが、夜は学校に誰もいないので、山田は孤独になるのだ。その孤独感を紛らわせるため、山田は毎週土曜日の深夜にラジオ放送を始める。「ファイア山田」と名乗り、「ファイア山田のオールナイトニッポン」と題したラジオ番組だ。だがもちろん、リスナーは誰もいない。しかしある時……ここからの展開は実際に読んでみて欲しい。


 教室のスピーカーに転生した山田とクラスメイトの男子たちとの交流を面白おかしく描いていく小説として、前半は楽しく読める。しかし徐々に、楽しい部分よりも哀しい要素が大きくなっていくのがこの小説の最大のポイントだと思う。最初のうちは楽しいかも知れないが、歳月が流れると……というあたりから、その展開が想像できるかも知れない。山田はこのまま二年E組のスピーカーとして存在し続けるのだろうか?

ラストでは衝撃の展開も待ち受ける。最後のページは涙なしには読めないかも知れない。山田の行く末をぜひ見届けて欲しい。


 スピーカーに転生した山田は実は……のラストの展開は、まさしく「意外な真相」であり、後半の意外な展開も含め、本作もまた「広義のミステリ」と呼べると思うのだ。

 金子玲介さんは純文学系の新人賞への応募歴もあるそうだが、狙いをメフィスト賞に変えて今回受賞されたことは、はじめにも書いたが、メフィスト賞の裾野の広さを表していると思う。

 青春小説であり、転生小説であり、読み終えればミステリ。メフィスト賞の歴史にまたひとつ「破天荒な作品」が加わった。

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