スピーカーに憑いた男子、馬鹿馬鹿しさと切なさと怖さの青春小説 円堂都司昭

文字数 2,146文字

スピーカーに憑いた男子、馬鹿馬鹿しさと切なさと怖さの青春小説


 死者が蘇る物語は古くからいろいろあるけれど、第65回メフィスト賞を受賞した金子玲介『死んだ山田と教室』ほど楽しく始まる例はあまりないだろう。

 穂木高二年E組の教室は、沈んでいた。夏休みの終盤、山田が飲酒運転の車に轢かれ、死んだのだ。二Eを教える先生全員のモノマネを完璧にこなす彼は、男子校のこのクラスを明るくする存在だった。教室の重い空気を変えるため、担任の花浦が席替えを行おうとすると、異様な事態が発生する。黒板の上のスピーカーから、山田の声が聞こえ始めたのだ。死んで体は失ったものの、スピーカーを通して、担任やクラスメイトと彼の会話は可能だった。声と聴覚は生き返ったらしい。

 席替えに関し、山田は二Eの最強の配置を提案した。一人ひとりの所属する部活や個性などを把握し、どこに誰と誰が並ぶのがいいかを説明する彼にみんなは驚嘆し、さすが山田となる。以後、担任とクラスメイトは、スピーカーに憑依した山田と話すのが日常となる。ただ、二E以外にそれが知られ騒がれるのは避けるため、合い言葉が決められた。その言葉は、いかにも男子校の悪ノリであり、口にするのがはばかられるが「おちんちん体操第二」である。はばかられるといいつつ結局、伝えたい欲求に負けて文字にしたのは、大人になって久しい筆者にも、未だに男子のノリが残存しているからだろう。

 大好きな二年E組でみんなとずっと馬鹿をやっていたい。山田の望みは、それだけだという。クラスの誰かが彼と話そうとするたびに、合い言葉が何度も発せられ、くだらない、あほくさいやりとりが繰り広げられる。生徒がいない週末には、山田は寂しさをまぎらわそうと「ファイア山田のオールナイトニッポン」と銘打ち、ラジオのパーソナリティになりきって一人で喋り続ける。本作の前半は、そのようにユーモラスで楽しいノリが続く。

 山田本人が交通事故に遭ったと認めているのに、新聞部の二人は事件の真犯人を突き止めようといい出す。彼らの探偵ごっこは面白半分のものだが、様々な人物が教室を出入りするうちに、山田についていろいろわかってくる。ラグビー部だった彼が怪我で退部したこと、校外でバンドをしていたことはすでに知られていたが、穂木高以前の中学時代や教室の外での山田の姿が次第に明らかになる。物語のトーンが、だんだん馬鹿馬鹿しいだけではなくなっていく。

 幽霊には、地縛霊と呼ばれる種類がある。自分の死を受け入れられない霊が、死んだ場所から離れられなくなるのだという。それに対し、山田は“スピーカー縛霊”というか、それ以外の場所で声を発せられない。休日も学校の外に出られない。しかも死んだ彼は、童貞なのを揶揄される高二のまま、年齢を重ねられないのだ。一方、文化祭では彼の過去や校外での様子を知る他校の生徒も訪れる。クラスメイトだって教室の外で部活に励んだり、恋人がいたりするし、やがては三年に進級し別の教室に移った後、卒業するのだ。二年E組には新しい生徒がやってくる。一緒に楽しく過ごした仲間でも、山田とほかの生徒の意識は少しずつズレていかざるをえない。従来の関係の喪失が避けられないなりゆきには、切なさがある。

 そこには、教室という場所の現実が表現されている。友だち同士が集まったのではなく、試験で選ばれた者たちがクラスごとにふりわけられたのだ。物語が席替えのエピソードから始まったのが象徴的なように、教室内で座る位置も自由に選べるわけではない。同じクラスだからといって親しい相手ばかりでなく、気が合わない人間、疎遠な人間もいる。そうした現実が、少しずつ露わになる。死んだ山田が声だけでも戻ってきたのを嬉しく思う友だちばかりではない。ちゃんと死なないのは不自然だと感じる者もいる。

 また、死んだ人間にむかって話すというのは、口に出すか心のなかにとどめるかはともかく、墓や遺影などの前では多くの人がする行為だろう。その意味でスピーカーは、山田の墓のごときものであり、当初は毎日、クラスメイトが墓参していたともいえる。でも、時間が経てば墓参の頻度が間遠になるのは、ありふれた日常であり、必ずしも責められない。山田に対する周囲の人々の態度が変わっていくのもべつに残酷ではなく、自然な経過だろう。

『死んだ山田と教室』は、メフィスト賞受賞作らしく意外な展開が待っている。それと同時に、ふざけた話ばかりしていた前半からは想像できない深みに入っていく。大部分の人がある程度の期間、教室で過ごした経験を持ち、覚えている教室の風景があるだろう。忘れられない経験をした人も少なくないはず。私にもその種の記憶はある。もし、墓に埋められるごとく、本来は通過点であるはずの教室にいつまでも意識が閉じこめられ、周囲とズレていく孤独に置かれたら自分はどうなるのか。それを想像すると、どんどん恐ろしくなってしまう。また、本作を読んでいると、死者とどうつきあうのが正解なのか、なにが正しい弔いなのかを考えてしまう。

 こんな風に馬鹿馬鹿しさと切なさと怖さが同居した青春小説は、なかなかない。インパクトが強いし、これから何年経っても山田のことを思い出すだろう。


円堂都司昭

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