ひたすら素直に愉しみたい最高に素敵な青春小説 村上貴史

文字数 2,062文字

ひたすら素直に愉しみたい最高に素敵な青春小説


 金子玲介の『死んだ山田と教室』は、私立大学附属の男子校の二年E組で人気者だった山田を中心に据えた青春小説だ。

 特徴は、物語の冒頭で山田が既に死んでいること。彼は夏休みが終わろうとする頃、酔っ払い運転の車に轢かれて命を落としたのだ。死んで埋葬された山田だが、その魂らしきものは、まだこの世に残っていた。二年E組の教室のスピーカーを通じて、彼は死してなおクラスメイトや担任教師と会話できるのだ。聴くことと話すことしか出来ないが、夏休みが明けても、山田は確かにクラスの一員として存続していた。自分が死んでいることを認識しつつ……。

 著者は、このたった一つの特殊な設定を物語に組み込んで、高校生たちを動かしていく。席替えにはじまり、放課後の談笑や新聞部員による取材活動、あるいは文化祭の模擬店での接客などを通じて、山田を含む二年E組の主だったメンバーを丁寧に描いていくのだ。その語り口が素晴らしい。セリフのテンポ、切れ味、程よい猥雑さ。それらがやはりテンポよく綴られた地の文とバランスよく配置されているのだ。この読み心地は抜群。生者のセリフを「」で、山田のセリフを〈〉で書いているのも読み手としてはありがたい。

 本書では、その語りを通じて、個々のキャラクターの感情がしっかりと伝わってくる。大きな騒動が起こるわけではないが、それぞれの生徒の悩みや意地であったり、生徒同士のじゃれ合いや競い合いなどが描写されていて、男子校の青春を味わえて愉しい。

 そんな青春小説のなかに、著者はいくつかの棘を仕込んでいる。例えば、山田の部活動を巡る精神的にかなりの苦痛を伴うやりとりだったり、例えば新聞部の二人の行動だったり、だ。後者についていえば、取材という名目のもとに個人の内面にどこまで踏み込んでよいのか、あるいは報道側が想定した結論に向けて取材していないかといった、現代の一般社会でも生じている問題が二人の新聞部員を通じて描かれていて、この高校が理想郷ではないことが実感できる。また、クラス全員が仲良しこよしではなく、死んだ山田との距離もそれぞれで、そもそも生前の山田に抱いていた感情もまちまちであるのも生々しくてよい。そんな感情の差に宿るネガティブな想いも著者はきちんと物語に織り込んでいて、なお生々しい。

 ときおり挟まれる山田の一人語りも、程よいアクセントとなっている。彼は、深夜の教室で、深夜ラジオ風に語るのだ。テーマ音楽を口ずさみ、リスナーに語りかけながら。その“放送”では、教室には誰もいないが故に山田の素の気持ちが明かされる。そして読者だけは、そんな山田の気持ちを知ったうえで、次の章で再び山田とクラスメイトの会話を読み進むことになるのだ。山田の発する言葉と、その奥にある気持ちの両面を理解するうえで、このラジオ風の語りは、抜群に効果的に機能しているのである――それ以上だったりもするのだが、その紹介は本稿では割愛する。

 こうした具合に山田を中心とする高校生をきっちりと描いたうえで、著者は時間のコントロールが巧みだ。あっさり語るべきエピソードか筆を費やすべきエピソードか、著者はしっかり手綱を握って制御しているのだ。これもまた快適な読み心地をもたらしてくれる。

 その時の流れのなかで、著者は様々な疑問や問題を徐々に浮き彫りにしていく。山田を轢いたのは誰かの謎解きでもなく、山田を現世に留め置いたメカニズムの解明でもないが、山田の死に関連するあれこれだ。そうした疑問や問題が、物語の終盤において、それまでの描写を活かして合理的に決着していく様は、伏線から意外な真相に至るタイプの刺激を堪能させてくれる。その解明はまた、山田という人物をさらにしっかりと理解させる役割を果たしている。結果としてドラマとしての魅力が、クライマックスでさらに一段高まることになるのだ。その象徴が、最終ページだ。なんと熱いことか。この熱は、そこに至るまでの展開と、十分に掘り下げられた登場人物たちだからこそ生じた熱である。密度高く綴られたその八行の熱さに打ちのめされた。

 補足するならば、この八行において、〈〉などの記法が効果的に活かされている。的確な言葉を選択して適切な順序で並べ、それを読者に正確に届けるべく、記法を駆使しているのだ。熱さと表裏一体の冷静さを、一九九三年生まれのこの著者は、デビュー作にして備えているのである。読み終えてそれを実感した。

 そろそろ締めくくろう。

 仲間たちと放課後にふざけ合う愉しさ、気付いたら一人で夕暮れを迎えたような寂しさ、死んでいることに関する当事者もしくは仲間としての葛藤、そして熱さ――そんな様々感情を、本書はもたらしてくれる。そんな素敵な一冊なのだ。本稿では技巧についても触れてきたが、それらは読み終えた後に、気が向けば振り返ればよい。まずは素直に、この青春小説を堪能していただきたい。本稿では敢えて具体的に書かなかった数々の印象的なセリフや場面にハッとしながら。

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