エンタメ小説と純文学の華麗なハイブリッド 末國善己

文字数 2,023文字

エンタメ小説と純文学の華麗なハイブリッド


 第六十五回メフィスト賞を受賞した金子玲介『死んだ山田と教室』は、問題作を世に送り出している賞の伝統を見事に受け継いでいる。設定の奇抜さでは、前回受賞作の須藤古都離『ゴリラ裁判の日』に匹敵するだろう。

 夏休みが終わる直前の八月二十九日、名門の啓栄大学附属穂木高校に通う山田が、飲酒運転の車に轢かれて死んだ。金髪で目立ち、勉強熱心、誰とでも仲がよく、先生の物真似が得意など人気者だった山田の死に二年E組は悲しみに包まれる。新学期が始まり緊急のホームルームで担任の花浦が席替えを提案すると、スピーカーから山田の声が聞こえてきた。驚くべきことに、死んだ山田の魂が教室のスピーカーに憑依したようなのだ。スピーカーの山田は、クラスメイトの姿は見えないが会話はできるらしい。ここから山田と二年E組の奇妙な交流が始まる。

 席替えの話を聞いた山田は、前から考えていた「二Eの最強の配置」を話すが、野球部員をドアの近くにした理由や、合唱部とラグビー部の二人の意外な共通点を指摘するなど、ロジカルな説明(読者が知らない情報を使っているのでアンフェアではあるが)は良質な謎解きのような面白さがある。これだけでなく、新聞部の泉と倉持が車に轢かれた山田の死には別の真相があるとして取材を行ったり、山田に話し相手の姿が見えない、物真似が得意といった設定を使ったトリックが出てきたりするので、ミステリが好きなら満足できるのではないか。

 ただ本書は、ミステリの枠に収まらず次々とジャンルを越境していくので、舞城王太郎、佐藤友哉の系譜に連なるメフィスト賞受賞作といえるかもしれない。

 「二Eのみんなとずっと馬鹿やってたい」と語る山田の願望そのままに、「馬鹿」をやる名門校の学生たちを活写する展開は、坪内逍遥『当世書生気質』のように学生生活と現代風俗を的確に切り取った秀逸な青春小説となっている。山田の存在を二年E組だけの秘密にするため呼び出す時に下ネタ炸裂の合い言葉を使うなど、童貞の少年たちが考えそうな下ネタ、恋愛と性の妄想がリアルに描かれる一方で、「馬鹿」をやりながらも感じる将来への夢や漠然とした不安にも触れられており、思春期を経験した男性読者は特に楽しめるように思えた。

 だが二年E組の和気靄々とした高校生活は、三年への進級で一変する。教室が変わり、クラス替えでバラバラになった二年E組は、元の教室に潜入(時に危険があるので冒険小説的なテイストもある)して山田と話す者もいれば、疎遠になる者も出てくる。学校で仲がよくても卒業から時間が経つと会う機会が減るのは珍しくないので、著者は青春時代が終わる物悲しさを教室から動けない山田との関係で鮮やかに表現してみせたのである。

 本書は二年E組が知らない山田の過去、思わぬ一面を浮かび上がらせていくが、終盤になると周到に張り巡らされた伏線が回収され、二年E組で人気者だった山田の実像と、決着がついていたはずの死にも新たな光が当てられる。

 山田が隠していた苦悩(というより“こじらせ”)は、夏目漱石『三四郎』や森鷗外『青年』の頃から現代に至るまで日本の近代文学が連綿と書き継いでいるテーマと重なる。明治から先の大戦前までは、社会に明確な規範があり、それに従う苦悩、抗う苦悩が文学的なテーマになっていた。ただ戦後になると価値観が多様化し、Aという規範を認めても否定しても問題がなくなり、様々な人間関係の中でどのように振る舞えば正しいのかを一人一人が模索しなければならなくなった。著者は現代の高校を舞台にすることで、過剰なまでに空気を読み、周囲の評価を気にするため、何重にも仮面を被って会う人ごとに自分を演じ分けている現代の若者が直面している生きづらさを見事に表現することに成功したのである。

 さらに著者は、単純に思えた山田の死にどんでん返しを作るミステリの手法を使い、なぜ人は生きなければならないのかという哲学的かつ文学的な問題に、新たなアプローチで挑んでもいるのだ。同じ中学出身の和久津が山田に寄り添う終盤は、古くからの友人が自意識過剰ゆえにダークサイドに落ちた男とはからずも再会して話をする中島敦『山月記』を彷彿させる。このように本書には、いわゆる純文学のエッセンスも導入されているので、エンターテインメント小説を敬遠している読者にもお勧めできる。

 思春期になると、学校の成績がよいか悪いか、スポーツが得意か苦手かといった目に見える成果だけでなく、周囲から好かれているか嫌われているか、所属する組織のポジションが上か下かといった人間関係が生み出すヒエラルキーもできてくる。山田は誰もが経験する自意識過剰ゆえの生きづらさにぶつかるが、ミステリ小説とは違い答えのない難問を前にあがく姿は、同じような葛藤を抱えている少なくない数の読者への強いメッセージになっていて、勇気と希望を与えてくれるはずだ。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色