ゴリラ・モンスーンを知ってるかい?  佳多山大地(ミステリ評論家)

文字数 1,253文字

ゴリラ・モンスーンを知ってるかい?


 あ、書評タイトルの意味がよくわからない人(まちがいなく若い人!)は、さっそくスマホで検索しなくて大丈夫。検索するなら、ぜひ第64回メフィスト賞受賞作『ゴリラ裁判の日』を面白く読んだあとにでも。


 久しぶり、と言いたくなるメフィスト賞受賞作の刊行だ。ひとつ前の第63回受賞作、潮谷験の『スイッチ 悪意の実験』が2021年4月の刊行だから、およそ2年近く空いたことになる。それだけにミステリーファンの期待は、ふくらみきっているだろう。

 ともあれ、前回受賞者の潮谷もそうだし、夕木春央(第60回受賞者)や五十嵐律人(第62回受賞者)といった本格ミステリー系の有力新人を近年のメフィスト賞は相次いで世に送り出していたが……いやあ、最新の受賞者は「一著者一ジャンルみたいな作家を探したい」(宇山日出臣・元講談社ノベルス編集長)というメフィスト賞創設以来の“狙い”に応える異彩をひときわ放っている。


 ヒロインの「私」、ローズ・ナックルウォーカーは、アフリカのカメルーンで生まれたニシローランドゴリラ。アメリカ式の手話を完璧に習得したローズは、さらに手話の動きを忠実に音声変換するグローブを得て、人間と普通に会話ができるように。だが、そんなローズを突然の不幸が襲う。アメリカの動物園で巡り会ったばかりの夫オマリが、柵を越えて落ちてきた人間の子に危害を加えかねなかったという理由から射殺されてしまうのだ。夫の死に納得がいかないローズは、動物園を相手どって裁判を起こすのだが……。


 人間の言葉を解するゴリラが原告となった異様な裁判から幕を開ける物語は、とにかく展開の妙に唸らされっぱなし。遡って、ヒロインのカメルーン時代が描かれ、アメリカへの渡航、そして“動物園デビュー”と話が進んでから、ふたたび物語は冒頭の裁判の日となる。果たして陪審団が下した評決がどうだったかは伏せるとして――そのあと、ヒロインのローズが勢いと憧れから飛び込む〈世界〉にア然ボー然。しばらくずっと、にやにやしながら読んでしまった。

 いやもう、裁判後の急展開がこの小説のいちばんの見せ場だと思うので、興をそぐような贅言は控えたい。それでも、どうしても触れておきたいのは、ウィルバー・L・シュラムの短篇「馬が野球をやらない理由」(文春文庫『野球小説傑作選 12人の指名打者』所収)のこと。競走馬にはなれそうもない馬のジョーンズが、「南北戦争以来の大嵐」を球場内外で巻き起こす、珍無類の野球小説だ。『ゴリラ裁判の日』のローズは、まさかジョーンズのかつての騒動を知りはしなかったろうけれど。


 大まじめにふざけていて、ふざけているようで大まじめ。『ゴリラ裁判の日』は、異色の裁判ミステリーであり、途方もないホラ話でありながらアメリカのじつに根深く歴史的な人種問題・移民問題をも反映して〈人間なるもの〉の本質を問う小説だ。原稿募集の年(1995年)から数えれば29年目のメフィスト賞がまた一人、一著者一ジャンルな作家を発掘した。

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