人間の物語ではないからこそ・・・ 栗俣力也(仕掛け番長)

文字数 1,130文字

人間の物語ではないからこその大きな共感に心がかき乱される!


いつだってメフィスト賞の受賞作はその時代にあって初めて経験する刺激に溢れている。

その後、時代が追いつきその刺激がスタンダードになる作品は少なくないため忘れてしまいがちだが、スタンダードになってしまうほどの面白さの初体験の感動と驚きはそれこそミステリー読みにとって一番の喜びだと思う。

そんなメフィスト賞、第64回の受賞作も何だかいい意味でヤバイ作品の匂いがする。

『ゴリラ裁判の日』

もうタイトルからして異質な本作。

本を読み始める時、誰もがまずはタイトルからその本がどんな物語なのかを想像する事だろう。今回メフィスト賞受賞作という事もありあえて前情報無しで楽しみたかった私はストーリー紹介などを見ず、タイトルだけで本を開く前にあれやこれやとこの作品について想像を巡らせた。

例えば動物園の飼育員やゴリラの保護団体などゴリラに近しい人間がゴリラのために何かしらの裁判を起こす法廷ものだったりするのか、もしくはこの「ゴリラ」が意味するものが動物のゴリラそのものではなく何かのキーとなる裁判小説だったりするのか……そんな事を考えながらページをめくった先にあったのはそんな想像を一蹴する物語だった。


私は……と一人称で淡々とその私「ローズ」の生まれるその時から今までの話が書かれていく導入部分。少し違和感はあるもののそういうものだろうと読んでいるとほんの数ページでその違和感の正体が明かされる。

美しい女性研究者から語られるまさかの真実。ローズ、彼女は人間ではなくゴリラだったのだ。

『ゴリラ裁判の日』は言葉を理解し人間と会話ができるこのゴリラのローズが、パートナーの雄ゴリラ、オマリがとある理由から銃で殺されてしまった理不尽な事件において人間を相手に裁判に挑むまさに前代未聞のミステリー小説なのだ。


本作で私が一番驚き、この作品のなによりの魅力と感じたのは主人公が、ゴリラという事でなかなか物語に没入できないのでは?なんて少しでも考えてしまった自分が恥ずかしくなるくらいに、ゴリラである彼女に対して大きく共感させられ、それにより本を握る手に力を込めてしまうほど感情を大きく揺さぶられた事。

人間でないからこその彼女の置かれる立場や投げられる言葉、しかしそれらは色々な形で人間である読者の経験とも重なり心がかき乱されてしまうのだ。


読み終えた後、これぞメフィスト賞受賞作と思わず言いたくなってしまう様なこの『ゴリラ裁判の日』。

この作品が与えてくれる初体験の感動は過去味わった事の無い衝撃だろう。

刺激的な作品に最近出会えていないなんて思っている本読みの方には特にオススメしたいこの作品。ぜひ多くの方にお手に取っていただけたらと思う。

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