ウホッ、いいゴリラ・ミステリー 杉江松恋(書評家)

文字数 998文字

ウホッ、いいゴリラ・ミステリー


 ゴリラと人間が闘う。おお、燃えるな。ただし、法廷で。ええっ。

 第64回メフィスト賞を受賞した須藤古都離のデビュー作『ゴリラ裁判の日』は、題名そのままの作品だ。叙述の大半はゴリラの一人称で書かれている。

 ニシローランドゴリラのローズは幼少時から人間の言葉が理解できた。故郷のカメルーンからアメリカ、オハイオ州のクリフトン動物園に移住した彼女は、先住のゴリラたちにも溶け込み、群れのリーダーであるオマリとも無事に夫婦関係を結ぶことができた。

 しかし、幸せの絶頂で悲劇が起きる。四歳の少年が柵を越えてゴリラのエリアに落ちた。彼を拾い上げたオマリが極度に興奮した状態になったため、園長はやむをえず彼の射殺命令を出した。悲報を聞かされたローズは、夫が殺された、と警察に通報する。この出来事が後に、動物園側の責任を問うてゴリラと人間が争う、前代未聞の裁判へとつながる。

 動物裁判はヨーロッパ史上に多く実例がある。ただしそれは、人間が危害を及ぼした動物を訴えたものだ。動物が原告側から人間の非を糺す、というのが本作の肝なのである。

 物語の基底には確かな社会観察がある。ローズはアフリカ系アメリカ人から「君は黒いだろ? それにアフリカから連れてこられただろ?」、だから同じだ、と親近感を示される。外見や出自が集団形成の主因になっていて、人間はゴリラと違って種の内部に分断を抱えた存在であるということをそうした挿話で表しているのだ。言葉をしゃべれる自分は本当にゴリラなのか、というローズの考えは、では人間とは何なのかという大きな問いを導く。

 法廷場面が終盤で描かれる。もちろんミステリー的な逆転が盛り込まれているのだが、そこにこの人間の定義に関する問いが頭をもたげてくるのがおもしろい。ゴリラと人間の違いは何かということが判決に影響を及ぼすのだから、法廷小説としてはE・S・ガードナー『嘲笑うゴリラ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)よりもゴリラ度が上だ。

 これまで同作とトニー・フェンリー『首吊りクロゼット』(角川文庫)、ロバート・キャンベル『六百ポンドのゴリラ』(二見文庫ザ・ミステリ・コレクション)がゴリラミステリー界の三傑だったが、その一角が崩された。デビューと同時に須藤は、世界三大ゴリラミステリーの作者として歴史に名前を刻むことになった。栄誉をドラミングで称えたい。うっほっほ。

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