須藤古都離『ゴリラ裁判の日』ロングインタビュー(後編)

文字数 4,363文字

第64回メフィスト賞を満場一致で受賞した『ゴリラ裁判の日』。

著者の須藤古都離さんのロングインタビュー(全3回)をお届けいたします。

デビュー前のこと、新人賞に応募をするときの気持ち、『ゴリラ裁判の日』着想のきっかけ、影響を受けた小説家、ゴリラのこと、書いていて一番楽しかったこと、これからのこと――。

じっくりお話しを伺いました。


聞き手:大矢博子さん

▼作者も驚きの急展開! その理由は……


――何に驚いたって、ローズの転職ですよ。途中でローズがアレになっちゃうのには、かなりびっくりしました。


須藤 僕も驚きましたね。


――作者なのに!? 須藤さんがアレを好きなのかなと。


須藤 いえまったく。むしろ全然わからなくて、あのパートを書くためにオンデマンドのサービスに1ヵ月だけ入って、動画で見たりとかしたぐらいです。うーん、長編を書いてると、キャラクターが勝手に動き出すんですよね。なんですかね……なんでアレだったのか、僕もわかんないんですよ。


――わからない、んですか?


須藤 ローズは人間の社会に溶け込んで、人間に好かれたはずなのに、裁判の結果として人間に悪意を見せた形になっちゃうんですよね。それで敵視されてしまう。じゃあ嫌われ者が活躍できる場所、嫌われた者がかっこよく見える場所ってどこなんだろうって考えたら思い浮かんだんです。もうちょっと色々考えれば、なんかもっと普通のやつが出てきたかもしれないんですけども、「ゴリラがアレやったら楽しいじゃん」ってキャラクターが言い出しちゃったんですよね。で、変だなあと思いつつ、アレになっちゃいましたね。


――キャラクターが言い出した??


須藤 ローズが動物の保護団体に行くなんて展開だと弱くまとまりすぎちゃう気もしますし、ここで内面の強さと脆さが一緒に出せるのはアレかなと。アレって、善も悪も全部作り物なんですよね。その作り物の中で悪者として輝けて、人気が出てっていうのは、他にちょっと思いつかなかった。まあ、キャラクターがやりたがってたので、僕にはどうすることもできなかったっていうのが実際のところですね。読んでて、あの展開にはみんな違和感を覚えると思うんですけど、作者が最初に違和感を覚えてるんです。あそこ、どうしようもなかったです。ほんとに。はい。


――キャラクターがやりたがったっていうのは、どんな感覚なんですか。


須藤 いや、もう手がつけられないですね。書いてていちばん楽しいのって、キャラクターが作者の思惑関係なしに勝手に動き出して、それに合わせてストーリーが動いてく時なんですよ。キャラクターが自分の内側から思いがけないものを出してくれるんです。自分の中にセーフティゾーンがあったら、キャラクターがそれを超えてくれるというか。自分で分かってるところだけで書きたくないんです。読者を驚かせたい時に、まず自分が驚かないと、読者が驚くもの書けないだろうっていうのもありますし。キャラクターに振り回された時に、じゃあ、まあしょうがないかな、付き合ってあげようかなみたいな感じで。……というか、もう手がつけられないんです。本当にもう、ね……。


――「キャラクターが勝手に動き出す」ってよく聞きますけど、小説を書かない人間にとってはその感覚ってわからないんですよ。


須藤 いや、僕もわからないんですよ。たとえば電話する場面があったとき、誰に電話するか僕もわからないんです。キャラクターが、この人のことが好きだとか勝手に言い出すんで、こちらとしては、えー、そうなのかよお前、そいつと付き合ったら大変だぞみたいなこと思いながら書いてるんですよね。僕、4ヵ月の子がいて子育て中なんですけど、自分がこうしてほしいっていうのがままならない。それに近いと言えば皆さんわかるんじゃないですかね。やめさせようとして、やめさせられることもあれば、やめさせられないこともあるんですよね。


――それってプロット通りにいかないってことですか?


須藤 もともとプロットがけっこう緩いのかもしれません。一応プロット決めて、こういう風に動いてくださいねっていう気持ちでいるんですけど、まあ、みんな結構わがままな俳優みたいに勝手に動いちゃうというか、こっちの方が自然じゃないですかねみたいなことを勝手に言ってくるというか、なんかもうどうしようもないんですよね。(いきなり投げ出すように)なんなんですか、皆さんどうしてるんですかね。わかんない。クライマックスで裁判をすることは決めてましたが、あの途中の展開は本当にいきなり出てきましたね。やめてほしいなって作者としては思ったんですけど、止められなかった。作者の技量不足なのか、キャラクターが強すぎたのか、もうわからないですね、なんだよこれって、と思われた方には申し訳ないんですけど、僕も困ってるんですよ。本当に。


――すみません、困らせるつもりでは……。全体を通して見た時に、あの場面っていうのは、非常にいいアクセントになってると感じました。びっくりしたけど。




▼クライマックスの法廷シーンは……


――クライマックスの裁判は一転、ミステリーの策略に満ちたリーガルサスペンスの醍醐味たっぷりでした。


須藤 いや、僕本当にミステリー読んでないんで、自分が書きたいもの書いてたらああいう形になっただけなんです。どれほどのリアリティがあるのか、自分でもわかってないんですよね。ただ、読んだ人からは面白いと言っていただけたのでよかったです。エンタメとしての面白さを追求した上で、自分が伝えたいことをどう伝えるか、どうすればリアリティを持たせられるか……いろんな参考文献やアメリカの裁判の映像などで勉強はしましたけど、ミステリー的なアプローチというより、やっぱり書きたいものを書いてったらああなったっていう感じですね。リアリティがあったと思っていただけたら、嬉しいです。


──ローズが最後に裁判所で語る場面はとても印象的でした。


須藤 そこはすごいよねって言ってくださる方が多いんですが、あのー、あれはですね、ここで言っていいのかどうかわからないんですけども、実は元ネタがあるんです。ジェシー・ジャクソンっていう公民権運動のリーダーの有名なスピーチがあるんですね。それを自分なりに訳したものです。これ、元ネタを知らなくてもかまわない、というか知らない人の方が多いと思うんですけど、これがジェシー・ジャクソンだとわかるか、わからないかで、この本の読み味は変わると思うんですよ。でもこの人のスピーチだよって言っちゃうとつまらなくなってしまう。翻訳するときの言葉の選び方もこれでいいのか悩みました。


――「私は××である」の部分ですね。


須藤 元々はI am somebodyという言葉なんです。それをどうしてああ訳したのか、もしかしたらその訳は違うんじゃないのって思われる方もいると思いますし、じゃあ××ってなんなんだろうって思ってくれる方もいらっしゃると思いますし、多分どっちも正しいと思うんですよ。正解がないことですから。その上でどう感じたかを考えていただければ、それがいちばん嬉しいなって思います。


――ローズの宣言にたいして「そうだ、よく言った!」と思う読者と「え、それは少し違うんじゃない?」と思う読者に分かれるかもしれませんね。


須藤 実は「メフィスト」に掲載されたあと、ラストを書き直したんですよ。裁判で終わりではなく一歩でしかないんだけど、でもそれは意義のある一歩だよねっていう終わり方になるので、誌面で読んでくださった方も単行本でラストを確認していただければと思います。


──いろんな感想が出てくると思います。この小説は読書会向きかも。


須藤 そうですね、いろんな人と意見交換していただけるとすごい面白いんじゃないかなと思います。この話はローズの、ゴリラの「権利」の話になってくるんですけど、どうして同じだって認められないのかという怒りや悔しさや悲しみがある一方で、やっぱり種族が違うことの軋轢もある。最後は、ゴリラと人間のどっちが上かという話ではないんだ、というところに落ち着けたいなとは思いましたね。




▼これからのこと


――改めて読者の方と、この作品をこれから手に取ってくださる方に一言いただけますか。


須藤 そうですね、『ゴリラ裁判の日』はタイトル通りゴリラが裁判する話なんですけども、実際にゴリラとして書かれてるものは私たちの社会のことなので、ゴリラが好きな人、ゴリラが好きじゃない人、動物が好きな人、動物が好きじゃない人、裁判が好きな人、裁判が好きじゃない人、いろんな方がいらっしゃると思うんですけれども、どんな方にでも刺さる部分があるような話になっていると思います。自分の中でいろんなことを考えていただければ、すごく嬉しいなと思います。


――今後はどういったものを書いていこうと思われますか?


須藤 今回の作品で、ゴリラの人とか、裁判の人とか思われるとあれなんですけど、これからは全然別のものを書いていきたいなと思います。多分僕がいちばん興味があるのは人間なので、どんなジャンルのものを書くにしろ、人間の感情や、人間ってなんなのかが軸になると思います。それを軸に、社会とか文化文明とか、人がどういう風にコミュニケーションを取るのか、どうして争ってしまうのか、どうやって解決するのかなどを書いていければなと。思いっきりふざけたり、思いっきりシリアスだったり、いろんなもの書くと思いますので、これからもよろしくお願いいたします。

『ゴリラ裁判の日』

須藤古都離

講談社

定価:1925円(税込)

カメルーンで生まれたニシローランドゴリラ、名前はローズ。

メス、というよりも女性といった方がいいだろう。

ローズは人間に匹敵する知能を持ち、言葉を理解し「会話」もできる。

彼女は運命に導かれ、アメリカの動物園で暮らすようになった。

そこで出会ったゴリラと愛を育み、夫婦の関係となる。

だが ―― 。

その夫ゴリラが、人間の子どもを助けるためにという理由で、銃で殺されてしまう。

どうしても許せない。

 ローズは、夫のために、自分のために、人間に対して、裁判で闘いを挑む!

正義とは何か?

人間とは何か?

アメリカで激しい議論をまきお こした「ハランベ事件」をモチーフとして生み出された感動巨編。



『ゴリラ裁判の日』特設ページはこちら!

須藤古都離(すどう・ことり)

1987年、神奈川県生まれ。青山学院大学卒業。2022年「ゴリラ裁判の日」で第64回メフィスト賞を受賞。本作が初めての単行本となる。「メフィスト」2022 SUMMER VOL.4に、 短編「どうせ殺すなら、歌が終わってからにして」が掲載されている。2023年夏に、新作「無限の月」発売予定。

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