ゴリラが自分のすべてを語り出す 吉野 仁(ミステリ評論家)

文字数 977文字

ゴリラが自分のすべてを語り出す


 読みはじめて驚いた。なんと語り手がゴリラなのだ。

 ローランドゴリラの若いメスであるローズが「私」という一人称の視点で自身のことを語っていく。いや、一人称ならぬ「一ゴリラ称」ではないか、と茶々を入れる人がいるかもしれないが、彼女はちゃんと人の言葉を理解し、話をし、人格をもっている。これはもうびっくりするしかない。

 ローズは、アフリカ・カメルーンの自然保護区で生まれた。ふだんは群れのなかで暮らしているが、ジャングルのなかに類人猿の研究所があり、ローズは母に連れられ、そこによく通っていた。もともと教育熱心な母から幼くして言葉を教えられ、研究所のスタッフからも学び、言葉を覚えていったのだ。さらに手話を覚え、最新機器により「会話」ができるまでになった。やがて、アメリカの動物園で暮らしはじめたローズだが、思わぬ悲劇に見舞われた。彼女は動物園内でオスのゴリラが銃殺された事件の裁判にかかわっていく。

 読みどころは、ゴリラの生態がリアルに描かれているところだ。ジャングルのなかで寝起きする日常、家族との関係、そして異性との出会いなど、ローズの語りが見事なせいか、まるでドキュメンタリー番組を見ているような感覚で生き生きとした彼女の行動と心情を読むことができる。これには興奮するばかりで、思わずこちらも胸を叩きたくなる。

 しかも、ローズはテレビのドラマや映画などもちゃんと見て楽しんでいるのだ。ということはミステリもわかるのだろうか。読みながら考えたのは、もし話すゴリラが人を殺したら、そのゴリラは法廷で裁かれるのか、ということだ。オランウータンが人を殺したにもかかわらず法の裁きを受けなかった話はミステリ史のはじめの方で有名だし、エリザベス・フェラーズという作家がチンパンジーを登場させた例などがあるものの、話すゴリラが探偵役となったり、不可能犯罪を目論んだりする作品はこれまであっただろうか。そんなゴリゴリの本格探偵小説も読んでみたい。

 ともあれ、本作の中盤、アメリカに舞台を移してからの展開も驚くべきものである。物語の中心となっているのは、あくまでゴリラ裁判の行方なのだろうが、決して、それだけではない。まさにローズは異国で生き抜くひとりの女性として描かれている。こんな感覚の小説は前代未聞で、ぜひその感動を味わって欲しい。

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