第27回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作

文字数 2,443文字

累計100万部超の大人気シリーズ「もぐら」でおなじみの矢月秀作さんがtreeで「SATーlight(警視庁特殊班)」を好評連載中!

SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。

地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちの活躍を描きます!


毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!

《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》


真田一徹  40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。


浅倉圭吾  28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)


八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。


平間秋介  27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。

「ハニラバの件です。ここでは危ないので、こちらへ」

 芽衣は男にそう声をかけ、目線を合わせず、ひと気のないビルの間に入っていく。

 通行人の視線もほとんど届かない真ん中あたりまで進み、立ち止まって壁にもたれ、男を待った。

 少し間を置いて、男が隙間に駆け込んできた。

 芽衣の左斜め向かいの壁にもたれ、顔を向ける。その目は怪訝そうだ。

「あなた、誰ですか」

 声を上擦らせて睨む。

 芽衣は上着の横ポケットから身分証を出した。はらりと開いて見せる。

 男の顔が強ばった。

「警視庁特殊班の八木沢です」

 名乗って、身分証をしまう。

「あなたはライチさん、それともキノピさん?」

「なぜ、僕たちの名前を……」

「タクさんは私たちの仲間です」

「騙したのか!」

 思わず、男が怒鳴る。

「君たちを騙したわけじゃない。私たちはフラップの内偵をしていたの」

 言うと、男は動揺して、黒目が揺れた。

「君たちも薄々気づいていると思うけど、フラップには売春斡旋疑惑がかかっているの。そこで、タクさんに潜入してもらった」

「タクさんが……たぶん、名前は違うんでしょうけど、警察官ということですか?」

「そう。優秀な特殊班員よ。君たちにもなんらかの形で連絡が入っているのかもしれないけど、アイリちゃんはタクさんが保護してる」

 芽衣はすらすらと話した。

 男はいきなりの話に困惑していた。

「君はどっちかな? ライチさん?」

「……キノピです」

 キノピは思わず答えていた。

「じゃあ、もう一人はライチさんね」

 芽衣の問いにキノピは首肯した。

「ライチさんはひょっとして、フラップの事務所に?」

 キノピの顔をじっと見つめる。

 キノピは顔を伏せて、背を丸めた。

「ライチさんはなんと?」

 上体を傾け、少し顔を寄せる。

 キノピは仰け反って、壁に背中を張り付けた。

「事務所の人に話してみるって。それで事務所の人が警察に連絡するならそれもよし。事務所の人たちが何か自分たちで対処するならそれもよし。ただ、十分後までに連絡がなければ、僕に警察へ行くようにと」

「ライチさんも危険は感じていたというわけね」

 芽衣の言葉に、キノピがうなずく。

 話していると、キノピのスマホが鳴った。聴きなれない明るめの曲が流れる。

「それ、ハニラバの曲?」

「そうです」

 キノピは画面を隠すように芽衣に背を向けた。芽衣は脇からキノピの手元を覗いた。

 ライチからだった。

「電話に出て。早く!」

 芽衣が言う。

 キノピは後ろから急かされ、あわてて電話に出た。

「もしもし。はい……はい。えっ、そうですか! よかった」

 キノピの口元に笑みがこぼれる。

「僕もですか? はい、じゃあ」

 返事をして、電話を切る。

「なんと?」

 芽衣が訊く。

「事務所の人が対応するそうです。それで問題が起これば、警察に連絡するそうです」

「最初から警察に連絡しないわけね?」

「電話ではそう言ってました。で、僕にも事務所に来るようにと」

「なぜ?」

「問題が片付くまでは、僕やライチさんの身にも危険が及ぶかもしれないから、事務所さんで匿ってくれるそうです」

「事務所で匿うねえ……」

 芽衣は壁にもたれて腕組みをし、深く息を吐いた。

「番号交換しましょう」

 芽衣がスマホを出す。

「えっ」

「早くしないと」

 芽衣がまた急かすと、キノピは素直に従った。キノピの番号を聞き、一回鳴らして切る。

「その番号を短縮ダイヤルに登録して、履歴から削除して。何かあったら、その番号にかけて。鳴らすだけでいい。必ず、助けに行くから」

 芽衣が強い口調で言った。

「私たち警察が動いていることは悟られないようにね。もし事務所側が最初から警察に連絡する気がなかったら、私たちに知られてるとなると、君たちに何をするかわからないから」

「そこまでするものですか? 芸能事務所ですよ?」

 問い返すキノピの声が震える。

「普通の芸能事務所であることを祈ってるわ」

 芽衣は手を伸ばして、キノピの二の腕を軽く叩いた。

 キノピはよろけた。芽衣を見やる。脅かしたせいか、気後れしているように見える。

「大丈夫。必ず、助けるから。早く行かないと疑われるよ」

 芽衣はキノピの後ろに回って、背中を押した。キノピはよろよろと前進し、あきらめてビルの方へ歩いて行った。

 芽衣は真田に電話を入れた。

「もしもし、八木沢です。状況が変わったんで、応援の増員を願います。場合によっては、フラップの事務所に踏み込みますので」

 話しながら、キノピの背中を見送った。

矢月 秀作(やづき・しゅうさく)

1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。

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