第35回/SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作

文字数 3,033文字

累計100万部超の大人気シリーズ「もぐら」でおなじみの矢月秀作さんがtreeで「SATーlight(警視庁特殊班)」を好評連載中!

SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。

地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちの活躍を描きます!


毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!

《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》


真田一徹  40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。


浅倉圭吾  28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)


八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。


平間秋介  27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。

第5章


     1


 浜岡が運転する車は、ハニラバが派遣された別荘へと続く坂道の前まで来て停まった。

 浜岡がエンジンを切り、ヘッドライトを落とした。たちまち暗闇に包まれ、しんとなる。風に吹かれ擦れ合う枝葉のざわめきが、車内を緊張させる。

 ライチとキノピは、車の中から闇に吸い込まれていく坂道を見つめた。

「別荘はこの先ですか?」

 ライチが訊く。

「この坂を上ったところにある。おまえら、様子を見てこい」

「二人でですか?」

 キノピが声をひっくり返す。

「そうだ。手薄なら、おまえらだけで中に入って、メンバーを助けてきてくれてもいい」

「そんな……」

 キノピは動揺を覗かせた。

「心配するな。何かあれば、すぐ連絡を入れろ。こいつで突っ込むから」

 浜岡はハンドルを叩いた。

「入れそうになけりゃ、いったん戻って来い。作戦を考えよう。ともかく、急いで様子を見てこい。時間がかかるほど、メンバーが危なくなる。おまえらは、ハニラバのヒーローになるんだ」

 浜岡が熱っぽく煽る。

 ライチもキノピもその様に冷めた視線を送る。が、ライチは後部ドアを開いた。

「ヒーローにならなくたっていいけど、みんなは助けたい。だから、行ってきます」

 そう言い、車を降りる。

 キノピは逡巡していたが、迷いを断ち切るようにドアを大きく押し開いて、外へ飛び出した。ドアを思いきり閉める。重い音が響き、木に止まって寝ていた鳥が何羽かバサバサと飛び立った。

「音、立てんじゃねえ!」

 浜岡が小声で怒鳴り、助手席の窓を下げる。

「頼んだぞ。何かあったら、すぐ連絡だ。わかったな」

 浜岡が念を押したが、ライチもキノピも返事はおろか、浜岡の方を見もせず、坂道を上り始めた。

「生意気なガキどもだな」

 浜岡は舌打ちして、窓を上げた。

 エンジンをかけ直し、静かに路肩に寄せて停める。

 ひと息ついて、ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、時間を見る。

「三十分くらいでいいかな」

 つぶやき、スマホを助手席のシートに放った。

 浜岡は、初めから別荘へ踏み込む気はなかった。

 谷とみのりが自分をここへ来させた理由はわかっている。

 浜岡が変心し、組織を裏切ろうとしていると別荘にいる男たちに伝え、踏み込んだところを捕らえ、暴行を加えた上で行方不明にする。もしくは、口封じのために殺す。

 あとは、すべて浜岡がやったことと口裏を合わせて、自分たちだけ逃げ切る。

 あいつらが考えそうなことだ。浜岡はまた舌打ちをした。

 元々、この管理売春を持ち掛けてきたのは、みのりだった。

 自分が表に立って仕切ることはできないので、名代として、仲介役を引き受けてほしいと。

 音楽プロデューサーとしての仕事はすっかりなくなっていて、実入りがなかった浜岡にとって、願ってもない申し出だった。

 あからさまに売春行為に手を貸すというのは少々気が引けたが、背に腹は代えられない。

 仕事は難しいものではなかった。

 各グループのライブ日程を谷に届け、その日に申し込みのあった男性客を<S&G>に集め、ライブ中休み時間に合わせて会場まで案内するだけの仕事だ。

 当初は、浜岡が料金を受け取ることになっていたが、まもなく、ライブの入場料で相殺するシステムに代わった。

 浜岡としては、梯子を外されたようでおもしろくなかったが、金のためと思い、割り切って、みのりの指示に従った。

 そのうち、常連客とも馴染みとなり、浜岡にリクエストをしてくる客も出始めた。

 初めのうちは個別リクエストを断わっていたが、徐々にみのりや谷には黙って、小遣い稼ぎをするようになった。

 しかしそれはまもなく二人にばれ、すぐにやめるよう強く言われた。

 上の存在を知らされたのもその時だ。

 みのりと谷であれば、多少は目を瞑れるものの、上は中抜きを許さない。もし上にまで知れれば、自分たちは助けることができないとも言った。

 浜岡が知る限り、みのりの上といえば、金田しか思い当たらない。だが、金田に乱暴な真似ができるとは思えない。

 他の誰かが仕切っているのか、それともみのりたちの単なる脅しか──。

 浜岡は単なる脅しではないかと考えていたが、それを立証するほどの度胸はなかった。

 万が一、本当に〝上〟が存在していれば、下手を打った時点で人生が終わるからだ。

 それから再び、仲介人の仕事を細々とこなしていた。

 仲介人とはそれらしい呼び名だが、実際はただの案内人。小遣い稼ぎがバレるまでは価格交渉もしていたことはあるが、発覚してからは客を案内するだけの人になってしまった。

 華やかなりし頃と比べると、見る影もないほどみじめだった。

 そんな時に声をかけてきたのが、定岡尚亮だった。

 プライベートパーティーをしたいので、別荘にアイドルを派遣してくれという。その意味は十分承知していた。

 みのりたちには一千万円の契約と話していたが、実は三千万円の話だった。

 あまりに大きい金額なので、一千万円だけはみのりたちに相談して話を通したふりをし、残りの二千万円は懐に入れるつもりだった。

 みのりと谷は難色を示したが、その時点ですでに三千万円は受け取っていた。

 なんとか話を付け、ハニラバを送り込むことにした。

 浜岡は尚亮に条件を出していた。

 多少の乱暴、乱交は仕方ないが、ドラッグは使用しないこと。もう一つは、何があっても死者は出さないこと。

 尚亮の周りにいた男たちは、みのりと谷には自分が用意した処理要員だと説明していたが、実は単なる尚亮の子飼いだった。

 浜岡は彼らを止める術を知らない。

 金のことはともかく、みのりたちはその実態を知っていたか、感じていたか。

 いずれにしても、自分を処分しようと動いたのは間違いない。

 その手に乗るつもりはない。

 なので、ライチとキノピを先に送り込んだ。

 彼らはフラップとは何も関係のない一般人だ。彼らを傷つけたとなれば、男たちも尚亮も逮捕される。

矢月 秀作(やづき・しゅうさく)

1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。

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