第29回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作

文字数 3,124文字

累計100万部超の大人気シリーズ「もぐら」でおなじみの矢月秀作さんがtreeで「SATーlight(警視庁特殊班)」を好評連載中!

SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。

地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちの活躍を描きます!


毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!

《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》


真田一徹  40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。


浅倉圭吾  28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)


八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。


平間秋介  27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。

「浜岡は自分にもプロデュースをさせてほしいと言ってきたんだ。当時、私は資金繰りに追われていて、事務所に所属するタレントのプロデュースからマネージメントは一切みのりに任せていたんだよ。そんな状況だったから、みのりのサポートをしてくれるという浜岡の申し出を断れなくてね……」

 金田の顔が少し陰る。

「浜岡がプロデュースしだして、少しずつ、会社の財務状況が改善してきた。私は当初、浜岡の手腕で、鳴かず飛ばずだった所属タレントに光が当たってきたのかと思い、喜んでいた。だが、実態は違っていた」

「浜岡が売春を斡旋していたんですね」

「そう。それも急激に売り上げが上がると私に気づかれるため、少しずつ少しずつ仕込んでいった……」

「巧妙ですね」

 浅倉の顔も険しくなる。

「みのりも初めのうちは気がついていなかったようだ。そして、気づいた時にはもう」

「組織化されていた?」

 浅倉の問いに金田がうなずく。

「どのような組織なんですか?」

「うちは斡旋窓口と女の子を客に見せる舞台を用意する役目。浜岡は客を集めてくる役と集金、女の子への売り上げ分配を引き受けている。ただ、そこから先は私にもわからない……」

「広崎さんはご存じなんですか?」

「はっきり知っているかどうかはわからないが、私よりは内情に詳しいように思う」

「お話を伺った限りでは、浜岡がハブの中心となって動いていて、そのバックに何者かがいるように受け取りましたが、合っていますか?」

「その通りだ」

 強く首肯する。

「なぜ、浜岡のバックの存在に気づいたのですか?」

 浅倉は尋問にならないよう、努めて落ち着いた声色で問いかけを続けた。

「一つは浜岡の行動。私たちに気づかれないよう、少しずつ入り込んできたところやコンスタントに客を集めてくるところなどは、私の知っている浜岡にはできない芸当だ。そもそも彼は、派手な振る舞いで耳目を集めるものの、その後は現場やスタッフに投げっぱなしでうまくいきそうなプロデュースも潰してしまうような男だった。今になって、うちに入り込んできた時のような計画性を身に着けているはずはない」

 金田は思い浮かべた浜岡の顔を睨むように、眉間に皺を立てた。

「もう一つは、私が売春行為をやめさせようとした時だ。私は浜岡に、タレントへの斡旋行為をやめなければ、事務所を閉めて、警察へ行くと言った。すると、その日の夜に、何者かに襲われた」

「どんな者たちでしたか?」

「帽子をかぶってマスクをして、サングラスもかけていたので、顔ははっきりとわからないんだが、若い男たちだろうと感じた」

「何人に襲われたんですか」

「五人だった。耳にずらりとピアスをした者もいれば、首元に入れ墨を覗かせている者もいた。ただ、へっぴり腰で突き飛ばしただけで倒れるような男もいた。おかけで、私はその男を倒して逃げ果せたんだが」

 金田はちょっと昂ぶり、声を震わせた。

「なぜ、その時点で、警察へ行かなかったんですか?」

「みのりが残っていたからね」

 金田は浅倉をまっすぐ見つめた。

「私一人で逃げてしまった後、すぐに浜岡から連絡があった。戻って来いと。戻ってこなければ、みのりの身に何が起こっても知らないと」

「完全な脅しですが、少々他人事な言い回しですね」

 浅倉が言う。

「そうなんだよ。みのりを殺すとか監禁するとは言わなかった。浜岡が直接手を下す立場にないと、その時に悟った。私が出て行かない限り、浜岡のバックにいる者もおいそれと手を出せないだろう。彼女に何か危害を加えれば、私が間違いなく警察に駆け込むことはわかっているだろうからね。ただそれは、逆のことも言える。私が警察に行けば、彼らはみのりに何かをするだろう。みのりの身柄は、私の行動を牽制するための切り札でもある。だから簡単には傷つけないが、私の行動次第では彼女を危険に晒すことになる。なので、私は身を隠して逃げ続けることを選んだ」

 金田は話し終えると、グラスのウイスキーを飲み干した。氷が揺れてカランと音が立つ。ボトルを取り、二杯目を注いだ。新しいウイスキーにも一つ口をつけた。

「みのりにそれを知らせて、彼女も逃がしたいが、不用意に連絡することもできない。それに彼女を逃がしたとしても、今度は事務所自体を浜岡に乗っ取られ、所属タレントたちにさらなる苦痛を強いることにもなりかねない」

「つまり、浜岡のバックが判明して、対処できない限り、金田さんはここから出られないというわけですね?」

「ここに止まることも、早晩できなくなるだろう。しかし──」

 金田は顔を上げた。

「ついに、逃げ回ることなく、問題を解決する時が来たのかもしれない」

 金田はウイスキーをグイッと飲み干し、グラスを置いた。

「浅倉君のような警察関係者が私の前に現われるのを待っていた」

 身を乗り出して両手を伸ばし、浅倉の左手を包んだ。

「私は、私が知り得るすべてのことを、裁判でも証言する。君たちが望むなら、どんなことでも協力する。だから、みのりやうちのタレントたちを助けてやってくれ」

 強く握りしめ、頭を下げる。

 どう扱うべきか……思案していると、ふとあることを思いついた。

「金田さん、本当になんでもしてくれるのですね?」

「ああ、なんでもする」

「わかりました。では、今から浜岡に連絡を入れて、別荘の近くにいると明かしてください。その上で、警察へ行こうと思っていると」

 そう言うと、金田の顔が強ばった。

「今、あなたの事務所のハニーハニーラバーズのメンバーが、浜岡が紹介した客、もしくは浜岡のバックにいる何者かに、川口湖畔の建屋に軟禁されています。メンバーの一人はうちの者が保護しましたが、他のメンバーは危ない状況です。あなたが姿を現わし、警察へ行くと話せば、彼らはあなたを制止しようと動き出すでしょう。彼らの注意をあなたに向けることで、ハニラバのメンバーを助けることができます。やってくれませんか?」

 浅倉は金田を見つめた。

 金田は逡巡していた。が、うつむいて強く息を吐き、顔を上げた。浅倉をまっすぐ見つめ返す。

「やりましょう」

 金田が強く手を握る。

 浅倉も握り返し、大きくうなずいた。

矢月 秀作(やづき・しゅうさく)

1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。

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