四月☆日

文字数 5,174文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、お昼12→夕方17時に更新!

真っ昼間から夕方に時間を移してお送りする”オールナイト”読書日記


四月☆日

 割と最近仕事が詰まっており、延々と小説を書く日々が続いている。こういう状況にあっても、本は読む。小説を書くと、自分の中にある言葉をどんどん消費していくので、その分だけ読んで言葉を補充しなければならないのだと思う。

 というわけで積んでいたブッツァーティ『神を見た犬』を読む。どこかで幻想文学だと書いてあるのを見て読もうとしたのだが、中身は小気味よいショートショートだった。ロアルド・ダール(トワイライトゾーンで有名になった、自分は所有する高級車を賭けるから、代わりに指を賭けろと持ちかけてくる老人が出てくる『南から来た男』の作者。この短篇は早川書房が出している『あなたに似た人』に収録されている)っぽい。

 お気に入りは『グランドホテルの廊下』。とあるホテルに泊まった男は、トイレに行きたくなり部屋を出る。トイレは部屋には無く、外にしかない。だが、そこで同じようにトイレに行きたくて廊下に出てきた男と鉢合わせしてしまい……というあらすじ。こういう日常の攻防戦を小説に仕立て上げるのは上手い。「お先にどうぞ」が出来なかった末にミステリのような読み合いが発生し、最終的に「そうはならんやろ」みたいなふざけたオチをつけてくるのが最高だ。

 こういう日常の攻防戦の一つに、人とともにご飯を食べる時の刺身の盛り合わせがある。参加者四人に対して五種類×二切れの盛り合わせだった場合、自分がどれを食べていいのか悩む。どれでも美味しく食べられるから何でもいいんだけども、そうして適当に選んだカンパチが誰かの大好物かもしれないし……。


四月×日

 Audibleで『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』を聴き終える。この一年、Audibleというサービスを使って、家事をしたりお風呂に入っている時も読書をしている。スティーヴン・キングの『書くことについて』で、彼が運転中にもオーディオブックで読書をしている、そのくらい読まなければ小説は陳腐になる、と言っていたのを受け導入したものなのだが、これが私のような集中力の散漫な人間にはぴったりと合っていた。どんな作業も面白い小説を聴きながらなら苦にならないのだ!

 一冊の本を読み終えるのにかかるのは大体一ヶ月。一年で十二冊もプラスで本が読めるのだからありがたいことこの上ない。

 『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』は、他の惑星に移住させられた人間のホームシックを解消する為の「キャンD」なるドラッグが隆盛し、人間がトリップしまくっているという物語。そんな「キャンD」中毒者たちの前に、遙かにそれを上回るスーパードラッグ「チューZ」がもたらされる。「チューZ」をばらまき回る天才実業家・エルドリッチの目的は? と話が展開していくのだ。トリップ描写を音で聴いたので、なんとも頭がぐるぐるしてしまった。ドラッグという派手な道具を使ってはいるが、夢と現実を行き来する物語は、古き良き幻想文学的である。

 次に聴くのは『クララとおひさま』と決めている。Audibleで聴く物語は他の小説より随分長い付き合いになる。大好きなカズオ・イシグロ作品と生活を共に出来るのは楽しみだ。


四月○日

 前回の日記を公開して以降、どうやってそんなに仕事して本を読んでるんですか? と言って頂いたのだが、何のことはない、仕事と読書以外にあんまりやることがないのだ。仕事と読書をして寝るだけの生活をしていると、こういうことも可能なのである。可処分時間の全てを使えば不可能など何もないというわけだ。

 だが、この生活が脅かされそうになっている。

 Dead by Daylightというゲームにハマってしまったのだ。

 正確に言うなら再度ハマった、と言うべきか。大学留年中の暇な時期──SAWコラボから凜ちゃん加入辺りにやって、エンジョイして辞めた過去があるのだ。

 きっかけは友人のDbDプレイだった。ちょっとだけやろうかな……と思ったのが甘かった。ちょっととかじゃなく朝までやってた。誰かとやるゲームは楽しい。

 久々にやったからまだ勘が戻っておらず、上手く動けなかったり、一緒にやってる人の上手さを感じると悔しくなってのめり込んでしまった。負けず嫌いだけで業界を渡ってきている人間なのだが、ここで発揮しないでほしい。明け方になってくるともう小説を書くより旋回の練習をしたい……と思うようになっていた。本当にまずい。窓の外で小鳥が鳴いているのを聞きながら、DbDは目前の〆切が終わるまで封印することに決めた。このままだと月産一万字作家になる。

 と言いながら、周りも染めていこうと思い、駄々をこねて大学の先輩にもDbDを買ってもらった。やる気満々じゃないか。担当さん赦してください。

 別に掛けたわけじゃないのだが、今日読んだのはサーシャ・フィリペンコの『理不尽ゲーム』である。

 選挙すらまともに行われず、正当な理由無く市民が逮捕され続けるという異常な状況のベラルーシを、小説仕立てで書いている。けれど、これは限りなくノンフィクションに近い。登場人物達はこの国がどんな問題を抱えているかを滔々と語り、描写の殆どはベラルーシの理不尽を訴えるものだ。主人公のツィスクはとある事故で十年の昏睡状態に陥るのだが、どうして主人公がそんな目に遭ったのかが、作中では端的に告げられている。


 ここは昏睡状態から目覚める人にとって最良の国である。いつまでたってもなにも変わらないからだ。眠ったままで何年もの歳月が過ぎても大丈夫。一ヶ月でも数年でも永遠でも……。


 ツィスクが国そのもののメタファーであることは疑いようもない。この小説が多くの人々に読まれ「まさか、(ベラルーシが)こんなにひどいはずがない」と言われつつ、結果的にはこの小説よりも更に酷い現状が知られるようになったという流れは得がたいものだと思う。

 最後に本の紹介をする構成になってしまった。でも、前半であれだけゲームの話をしたんだから、これで終わりでもいいんじゃないかな……。


四月▽日

 最近、小説以外に脚本の仕事を受けることが増えたので、朗読劇をよく観ている。割と自分が地の文で世界を作るタイプの作家だと気づいてしまったので、地の文が頼れない状況下でどういう風に世界を作ればいいかわからなかったのだ。小説だけじゃなく、こういった方面ももっと勉強すればよかったと思うと苦しいが、これから学んでいきたいな、と思う。使える言葉は多い方がいいし、もしかしたら天才脚本家が出てくる小説を書くかもしれないし。

 開演を待っている間にケリー・リンクの『マジック・フォー・ビギナーズ』を読んだ。これが本当に肌馴染みが良い小説で、少し動揺してしまうくらいだった。私は柴田元幸先生が訳している小説との相性がいいのだが(ポール・オースターもリチャード・パワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』も大好きなのだ)、こんなに自分好みのものに出会えるなんて!

 特に心に刺さったのが『ザ・ホルトラク』という短篇。日夜「ゾンビ」なるものが這い出てくる聞こ見ゆる深淵の近くのコンビニで働く主人公の物語。こういう明らかに異常なものがあっての日常というのが自分のツボなのだと思った。どんな状況下でも人間は生きていかないといけないからね。察しのいい方はわかるだろうが、クトゥルフ神話ものである。私はあまりクトゥルフに詳しくないのだが、この短篇に魅せられたので、クトゥルフを一から学びたいと担当さんに話し回るほどだった。あとは『大いなる離婚』はかなりミステリにしやすそうだな、とも。

 朗読劇を観終えて帰宅すると、『池袋シャーロック 最初で最後の事件』のDVD&Blu-rayの発売が告知されていた。奇しくもこの日が発表日だった。

 こうして自分がやった仕事が形になるのは嬉しい。沢山の方が観てくださったお陰だと思う。これを励みに、また頑張っていこうと思う。


四月・日

 修羅場である。真面目に頑張ってきたはずなのに、何故か一日数万字書かないと追いつかないみたいな状況に陥りがちだ。何故なのだろう。毎日ぼんやりと生きているからな気もするので、もしかしたら読書日記を続けていくと判明するのかもしれない。

 修羅場とはいえ『掟上今日子の鑑札票』を読む。掟上シリーズは大好きなシリーズであり、今回はなんと今日子さんの過去が明かされるらしい。ついに……ついにか……と思いながら、息せき切って読書に取りかかる。

 読み終えて、ほう……となり、あとがきに一番驚く。次の今日子さんが楽しみだ。

 一日で解決する探偵。一日で原稿を上げられる小説家。なりたい。


四月□日

 とうとう闇鍋本格ミステリ『アンデッドガール・マーダーファルス3』が出た。待ちかねた新刊! デビュー前に追っていたシリーズの新刊を作家として読むのは何だか感慨深い。

 今回の主題は人狼ということで、深い森と因習の村という舞台がまずたまらなかった。今回はいつにもましてアクションの描写が多かったのだが、アンファルはこの戦闘描写が物凄く上手い。ご存じの通り、格闘シーンというのは書き手の力量がわかりやすく出るので、尊敬の念を覚える。動きの流れを理路整然と整えないといけないので、ミステリが上手いとアクションも上手くなるのだろうか。特に武闘派メイド静句さんと某敵キャラの再戦が好き。つくづく面白いシリーズだな、と思う。

 私がとんとシリーズ物を書かないのは、今の依頼の受け方からして連続して出すのが難しそうだからだ。だが、アンファルを読むと面白いものを書けば、刊行ペースなど何の問題にもならないことがわかる。なら、果敢に挑んでみるのもいいのかもしれない。そうは言ったものの、同レーベルで刊行した『詐欺師は天使の顔をして』の続刊を全く書けていない身では、なんかこう……思うところがあるのだけれど……。


四月◎日

 自分が原作として参加しているメディアミックスプロジェクト「神神化身」の生放送の日である。情勢もあって今までイベントなどは出来ていなかったのだが、今回初めて配信という形で実現した。これは凄いことだし、感無量であった。

 その所為で、始まる前の自分の緊張たるや凄まじいもので、生放送で舞い踊るのはキャストさんであるにも関わらず、プレッシャーで手が真っ白になっていた。怯えすぎである。あまりの緊張ぶりに、レッドブルとキレートレモンを渡され、カフェインとクエン酸で脳を騙すように言われる始末であった。(ちょっと元気になった)

 よりによってこの日にダウンロードしてきた本がカレン・フェランの『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』なので、斜線堂有紀がどんな気持ちでいたかは察せられるだろう。いや、よりによってそれを読むな。

 この本はコンサルティングが上手くいかなかった例と、どうしてそんなことが起こったのかを軽快に紹介してくれる本である。ところどころコンサルタントという職業への知識が無いと理解が難しいところもあったが、門外漢でも理解出来る普遍的な話もたっぷりしてくれるので楽しめた。特に、ランク付け制度を導入した会社が崩壊していくまでと、問題が目の前にあるのに改善することも出来ずただただ納期を遅らせていく工場など……(身につまされる)

 そんなナーバスな状態で迎えた生放送だったが、とても素敵なものだったと思う。スタッフさんもキャストさんも最大限のことをしてくれたことに、運営側の人間である自分まで感動してしまった。これからも自分に出来ることを一つ一つ頑張っていこうと、当たり前のことを思う。家に帰る頃には緊張は解け、やりたいことなどが見えてきた。

 一つ一ついいものを仕上げていくしかないのだな、と思う。そのことが楽しいと言える小説家人生でありますように!


※編集部も思うところがあります


次回の更新は5月17日(月)17時です。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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