四月/日

文字数 5,050文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

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四月/日

 『NOVA 2023年夏号』が発売された。初の女性作家特集号である。男性作家特集号は意図せず生まれるけれど、女性作家特集号は意図しなければ作れない……という話を聞いて、確かにそうだなあと思ったり。そんなNOVAだが、実は異形コレクションと共に、私の憧れのアンソロジーシリーズだった。巻末に載っている大森望先生のメールアドレスを見ながら、いつかここに原稿を送るんだ……と闘志を燃やしていたことを思い出す。小説家としての夢がまた一つ叶ったわけだ。


 そんなNOVAに、私は「ヒュブリスの船」という短篇で参加している


 「ヒュブリス」というのは「(神々に対する)不遜」「傲慢」「うぬぼれ」という意味なのだが、私がこの単語を知ったのは、ドハマりしているオンラインゲーム「Dead_by_Daylight」からだった。騎士をモチーフにした新キャラクターの能力(パーク)に、同名のものがあるのである。自らを神に等しき存在だとする傲慢な騎士は自分に刃向かうことを決して許さない……という意味合いなのだが、私はストレートに打ち震えた。かっ……こいい!!


 そういうわけで、ヒュブリスという格好良すぎる単語を使える小説を書こう! というのがスタート地点だった。


 「探偵が事件を解決した瞬間に時間が戻り、二度同じ事件に向き合う」というのは、元々は特殊設定ミステリとして使おうとしていたアイデアだった。だが、色々あって死蔵気味になっていたので、思い切ってここで使ってしまうことにした。ループものって「正解を引いたらループが終わる」という不文律があるけれど、その正解がそこにいる全ての人間にとって不本意なものであったらどうするのか? という物語だ。個人的にはやりたいことをやりきれた短篇だと思っているので、是非お手にとって頂きたい。余談だが、この問い自体が新鮮だったのか「ヒュブリスの船」のあらすじは何故かバズりにバズった。これを機に一人でも多くの方がNOVAを手に取ってくださったらなあと思う。


 今回のNOVAで好きだったのは高山羽根子「セミの鳴く五月の部屋」だった。懐かしい雰囲気であるのに、今の現実連動型ゲームの延長線上にはこういった物語が生まれるんじゃないかと思わされた。(他にも芦沢央「ゲーマーのGlitch」がお気に入り。自分が重度のゲーマーでRTAJAPANなどを見ていることもあり、読みながらずっとニヤニヤしていた。優れたワイダニットミステリでもあって面白い)


 あと、この時期に読んでいてツボだったのが嶋戸悠祐『漂流都市』。巨大な家電量販店がその町を牛耳っているという設定に物凄く心を惹かれた次第である。これ、映像化されたら映えるだろうなあ。こう並べてみると、アイデアが映える物語が大好きなんだなあ、と傾向が分かる。



四月○日

 西村京太郎『殺しの双曲線 愛蔵版』の推薦文を書かせて頂いた。名作の愛蔵版! 良い響きだ。私の小説も愛蔵版が出るようになるといいな。私がこの小説を読んだきっかけは確か阿津川辰海が言及していたからだった気がする。(私は古典ミステリーを集中的に読んだのはデビュー後だったので、読むものを決める時に阿津川先生をよく参考にしていたのだ。同じようにSFを集中的に読んだ時は伴名練先生のブックガイドを参考にしていた)なので、とても思い出深い一冊である。


 さて、作家として活動していると、こうした推薦文の依頼が来ることがある。発売前の本を読める上に、推薦文まで書かせてもらえるとっても楽しい仕事なのだが、生来の気にしいが発動して強いプレッシャーも覚えてしまう。果たして、私でいいのか? 他の作家さんの推薦文の方が貢献出来るのではないか? と悶々悩んでしまうのだ。しかし、せっかく依頼して頂いたんだから、絶対に引き受けたい!!!!! 結果、私は妙に捻った推薦文を生み出す傾向がある。今回は、これだ。


「人間を書かずに始まり「人間」を描いて終わる傑作ミステリ。フェアプレイを宣誓する、究極のアンフェアの傍観者になりたくはないですか?」


 改めて読んで、自分でも思う。しゃ、しゃらくせえ~~……!!!!! けれど、愛だけは伝わる……と思う。『殺しの双曲線』は、開始早々に小説的な仕掛けを明かす挑戦的なミステリである。しかも、その仕掛けがミステリにおいては取り扱い注意な「双子」なのだ! 攻めすぎである。そうした挑発的な仕掛けとは裏腹に、小説としての『殺しの双曲線』は現代にも通じる──いや、現代だからこそ通じる生々しさを持った物語なのだ。むしろ当時は驚きであったものが、今ではすんなり受け入れられるかもしれない。


 そんな思いを込めての推薦文である。読み終えた方は、こう思うかもしれない。……詰め込みすぎでは? けれど、読んでなるほどなって思う推薦文が書きたいじゃないか!


 あれ、でも推薦文って未読の方に向けて書くべきものだから、読み終えてなるほどな? と思う推薦文は少しズレているのか……? と、悩んでしまうと、また推薦文の迷宮に迷い込むのだ……。ご依頼はどんどんお待ちしています!



四月☆日

 ジーン・ハンフ・コレリッツ『盗作小説』を読んだ。早川書房はこの間の『匿名作家は二人もいらない』といい、盗作サスペンスが好きなのか……? と思う。というか、名作サスペンスにおいて「盗作」という題材はとても魅力的なのかもしれない。(スティーヴン・キング『秘密の庭、秘密の窓』ジョイス・キャロル・オーツ『ジャック・オブ・スペード』など)


 さて、今回の主人公は鳴かず飛ばずのまま小説教室の講師をやっているジェイコブ。彼は生意気な生徒であるエヴァンから「こういう話を今考えているんだけど……」という相談を受ける。最悪なことに、それがとても面白かったのだ! しかし、辛うじて理性の残っていたジェイコブはそれをパクることなく応援する。しかし三年後、エヴァンが作品を完成させることなく死んでしまったことを知ったジェイコブはあの時聞いたプロットを元にベストセラー小説を書き上げてしまうのだった! 栄光を手に入れたのも束の間、ジェイコブの盗作を糾弾するメールが届いてしまう……。


 だが、この作品の難しいところとして──そして、今までの盗作サスペンスと大きく違うところとして、プロットおよびアイデアには著作権が無いということが挙げられる。つまり、別にジェイコブは法的には特に問題を起こしておらず、アウトではあるが開き直ったら勝てる案件なのである。おまけに、エヴァンは作品を完成させておらず、ジェイコブは彼の文章を剽窃したわけでもないのだ。加えて、証拠も無い。


 それなのに、謎の糾弾者は各SNSで執拗にジェイコブを攻撃してくる。(このやたら陰のインターネット感が強い報復が面白い。ジェイコブへのダメージが物凄く大きいのも面白い)そこで問題となるのが、じゃあこの糾弾者がジェイコブを責める由縁はあるのか? というところだ。確かに人のアイデアを奪うのはよくないのだが、それはそれとして……という話だ。だが、この疑問は意外な形で解消される。そして読者は、帯に採用された「誰でも作家になることはできる。語るべき物語があれば。」という文章を噛みしめさせられるのだ。個人的には、この筋立てでこうした結末に持って行くのは意表を突かれて面白かった。ハヤカワ・ポケット・ミステリの中でも一押しの一作である


 続けて齋藤彩『母という呪縛 娘という牢獄』を読む。これは、国立大医学部への進学を強要され、九年に渡って抑圧された浪人生活を送らされた結果、母親・妙子を殺害してしまったあかりを追ったドキュメンタリーである。「モンスターを倒した。これで一安心だ。」というSNSへの投稿を覚えている人も多いのではないだろうか。これは二人の間に何があったのかを克明に描き出したノンフィクションで、事実の重さに押しつぶされそうになる。だが、一人の人間を殺人まで追い込むまでの過程は、悲劇を繰り返させない為に必要なことを教えてくれる



四月△日

 『回樹』の発売を記念してブックファースト新宿店さんで初めてのサイン会をさせて頂いた。デビュー以降色々なイベントに参加させて頂いたので気づかれなかったのだが、実はコロナ禍の事情も相まって初のサイン会であった。それ故に、正直「サインをするだけで……人が来てくれるんだろうか……」と不安だった。だって、対談相手がいない斜線堂有紀単体で、しかもやることと言えばサインのみ!! これ……人……来るのかな……。


 小説家は不思議な職業である。小説を書いて発表する、という内向的な職業と見せかけて、そこそこ表に出る機会が多い。そうなってくると、書く小説が面白いのは当然として、書いている本人にもある程度のエンターテインメント性が求められるのではないか……。と、勝手に追い詰められるのだ。こんな気負いっぶりなのは私だけなのか……? と思っていたら、丁度読んでいた朝井リョウ『そして誰もゆとらなくなった』(朝井リョウ先生のエッセイシリーズ。軽妙な文体で赤裸々に日々を綴っている。お腹の緩さをネタにした話が多く、アメリカ旅行に行った際に友人の家のトイレを詰まらせた話がめちゃくちゃ好きである)で、ドンピシャでサイン会の話題があった。


 この朝井リョウ先生というのはサービス精神の固まりのような人で、サプライズが大好きである。朝井先生はサイン会に際し、どうすれば来てくれた読者を楽しませることが出来るか? と、悩みに悩んでいた。朝井先生くらいの人気作家でも、サイン会に不安を覚えるんだ……! という事実は私を力づけてくれた。じゃあ私が自分本体のエンターテインメント性の欠如に悩んでも仕方ないのだ。


 そして、朝井先生がサイン会に来てくれる読者達の為にやったことは──これが、凄かった。正直、私には真似出来ない。というか、どんな小説家でも真似出来ない。仮に思いついたとして、これを実行に移す人間がどれだけいるだろう? こ、このくらい……このくらいしなければ、小説家のサイン会にバリューを生み出せないのだ!!!!!! と、ひたすら感動を覚えた。(朝井先生のサービス精神の顛末については、是非本書を読んで頂きたい。え~っ!? ああ!? そうなるのか!? と思ってしまった)


 感銘を受けつつも真似は出来ず、ただ焦りが募った結果、急遽このサイン会限定で『回樹』の本文を使った箔押し栞を配布することに決めた。(特急で対応してくださった印刷所さん、ありがとうございました!)せめて……限定グッズがあれば……来てよかったと……思ってもらえるんじゃないかと……。あれ? でもこれって物で釣ってることになっちゃうのか?


 栞作戦が功を奏したのかは知らないが、サイン会の整理券は無事に完売し、沢山の読者の方に来て頂けた。一人一人に向き合い、目の前でサインを書いているとじんわりと嬉しさがこみ上げてきた。身体のことを心配して頂けるのも、いっぱい小説を読むからいっぱい書いてほしいと言って頂けるのも、とても励みになった。今年も頑張ろう、面白い小説を書こう、と心の底から思える機会をいただけて幸せである。


 次こそはもっと来て良かったなあと思ってもらえるサイン会にしますので、まずは新刊を出さないとなあ……?

"まずは新刊を出さないとなあ……?"

「?」←トル? or 「なあ……?」を「!!」にサシカエ?


次回の更新は、5月1日(月)17時を予定しています。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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