十二月/日

文字数 5,023文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

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十二月/日

2024年を始める前に、一年の締めくくりに、一番大切に取っておいた小説を読んだ。ルーシャス・シェパードの竜のグリオールシリーズ『美しき血』を読む。発売を楽しみにしていたのになかなか手に取れなかったのは、これが大好きなグリオールに会える最後の機会だからだ。2014年にルーシャス・シェパードが亡くなってしまった為、これがシリーズの最終作になる。たとえ完結したとしても、作者が生きている限りシリーズの続きが出る可能性はゼロじゃない。けれど、亡くなってしまったら続きは叶わない。なので、なかなか読めなかった。だから、特別な本を読む契機に年末を利用したのだ。グリオールシリーズの最終作は、やっぱり最高に面白かった。


 先に竜のグリオールシリーズを説明しよう舞台は邪悪で偉大な巨竜グリオールが存在する世界。人間は凄まじく大きく強いグリオールを討伐することが出来ず、眠らせるだけに留まっている。やがて、巨大なグリオールの上には川が流れ、植物が息づくようになった。人々はグリオールの身体の上に村を作り、グリオールと共に暮らした。だがグリオールは決して死んではおらず、その魔力によって密かに自らの上に住む人間を操っていた。人間はグリオールの支配から逃れる為にグリオールを殺す術を探すものの、グリオール殺害を目論んだ人間は操られて死んでいく。そこで立ち上がったのがキャタネイという画家だった。彼は奇想天外な方法によるグリオール殺害を計画する──これが一作目『竜のグリオールに絵を描いた男』の筋である。


 このようにシリーズは偉大なる竜のグリオールと、それに翻弄される人間を様々な角度から描いていく。

 本作『美しき血』は、なんと一作目の裏で起きていたことを描いた、唯一の長編作品だ。最終作が第一作と繋がるというところで、まず興奮した。ルーシャスがグリオールシリーズを続ける意欲があった以上、この構造は偶然ではあるのだが。


 本作の主人公ロザッハーは、グリオールの血を研究していた男だ。研究の末、ロザッハーはグリオールの血に麻薬のような作用があることを発見する。ロザッハーはそれを使って“マブ”という名の麻薬を生成し一財を為す。町での発言権を強め始めたロザッハーは、やがて逃れられない権力闘争へと巻き込まれていく──。


 あらすじからもわかるように、これはファンタジー世界での成り上がりクライムノベルだ。しかし、特筆すべきなのは、成り上がっていくロザッハーがかなり受け身であることだ。財を成しても権力を握っても、ロザッハーはまるで嬉しそうではない。何故なら彼は自分の行動の全てがグリオールに操られていると思っているからだ。彼の数奇な人生の全てにはグリオールの影がちらつくが、その裏ではキャタネイによるグリオールの殺害計画が進んでいく。果たして彼はどんな結末を迎えるのか?


 グリオールの魔力はシリーズを通して言及されてきたものだが、今作ではこれが更に強調されている。あからさまにグリオールは神と重ね合わせられ、人間の自由意志は否定される。ここにきて物語は抗えぬ運命と人間との対立を容赦の無い筆致で描いてくる。読み終えた後、あまりの重量感にふうと息を吐いてしまった。ロザッハーの人生について回る悲惨な出来事も祝福も、巨竜の意思を匂わされると途端に虚しくちっぽけなものに思えてきてしまう。人間は理不尽に対してどうにも出来ないのではないかと思わされてしまう。だが、その中でも懸命に生きる人々の姿は美しい


 グリオールシリーズの好きなところは、スケールの大きな話をやりながら、同時に人間の心の機微や葛藤を描いてくれるところかもしれない。


 これを年末に読めたことを幸運に思いつつ、また来年も作家でいられるよう決意を新たにして、私の2023年読書日記は締めくくられたのであった



十二月☆日

 2023年末は珍しく帰省をするつもりだった。両親と──特にバリバリ働いている父親とはあまり顔を合わせる機会がないので、まあこういう機会にというわけだ。私は未だに自分の職業を親に明かしていないので、その話題が出ると気まずいのもある。


 そうして荷造りを始めようという段になって、二人ともインフルエンザにかかってしまったので、急遽帰省が取りやめになった。代わりに弟が自分の家にやってきた。ちなみに、私の家にはテレビが無く、暇を潰せるものがほぼ存在しないので、弟には名探偵コナンを全巻読ませつつ、私も傍らで本を読んだ。


 読書はじめはダニヤ・クカフカ『死刑執行のノート』にしたのだが、これがとんでもなく良かった


 この小説は死刑を目前に控えた連続殺人犯アンセル・パッカーを巡る物語である。彼は狡猾かつ冷静、魅力的な殺人犯であり、死刑を前にしても脱走の計画を立てる余裕を見せる。アンセルは善悪に対する独特な感性を持っており、自分の犯した殺人すら抗いがたい運命によって犯さざるをえなかったものとして見なしているのである。


 それでは、過酷な運命に翻弄されて仕方なく殺人を犯してしまった青年の人生を追っていく物語なのか……? と、読み始めた時は思った。それくらい、この作品はアンセルに寄り添った始まり方をするのである。


 しかし、この小説の主役はアンセルではない。アンセルの人生に大きな影響を与えた女性達の視点から、この物語は描かれていく。そこで行われるのは、一人の殺人鬼のある種のカリスマの解体だ


 アンセルを捨てた母親のラヴェンダー、少年の頃のアンセルの異常性にいち早く気づき、やがて刑事となったサフィ、そしてアンセルが殺した女性の妹・ヘイゼル。アンセルの歪んだ視点ではわからない本物のアンセルの姿が、彼女達を通してどんどん露わになっていく。そうしてアンセルはカリスマ性のある殺人鬼ではなく、道を踏み外しただけのただの男になっていくのである


 この試みの意図は、作中でしっかりと語られている。犯人ばかりが取り沙汰されることの多い殺人事件において、この小説は徹底的に失われた側に立つ。アンセルに殺された女性達は、決してアンセルに殺されるためだけに生まれてきたわけではないのだと、重ねられたエピソードによって主張していく。それにより、人が殺されるということはどういうことなのかを描き出しているのだ。


 終盤は得も言われぬ気持ちになり、心が震えた。この小説は文章も素晴らしく、訳もとても美しい。アンセルのパートは二人称で書かれているのだが、まるでアンセルという人間の人生が迫ってくるようだった。


 作中で一番好きな文章は『悲しみは穴だ。虚無への入口だ。悲しみはいつまでもつづく歩行だから、ヘイゼルは自分の脚を忘れてしまった』なのだが、これほど切々と悲しみを訴えてくる文章があるだろうか?


 間違いなく自分の中のオールタイムベストに入る一作であり、2024年のスタートに相応しい一冊だった。



 と、これを読んでいる途中に大きな地震があった。能登半島地震である。


 実は、弟は新年を迎えたらすぐに自宅に戻る予定だった。


 だが、なんとこの地震で大きな被害を受けた地域の一つが弟の住んでいる場所だったのだ


 当然新幹線が動くはずもなく、動いたとしても停電が続いていたので帰るに帰れず私の家への滞在が当初の予定より五日近く延びることとなった。


 実家への帰省が取りやめになった当初、私と弟はそれぞれの自宅で過ごすつもりだった。だが、テレビも何も無い新年に耐えかねた私が弟を呼び寄せたのである。今となってはそれがどれだけ運の良かったことか。


 被災された方々が一刻も早く安全な生活を送れるよう、心からお祈り申し上げています



一月■日

 それはさておき、弟がしばらく家にいることが決まったので、私はお正月に仕事をすることを諦めた。元より人が家に泊まっている時は仕事が出来ない性質だとわかっていたのであるが、こんなに連続して泊まるとなるともはや異次元である。これ、将来的に人と住むとなった時に小説を書けるんだろうか? と不安になるほどだった


 だが、もう仕事は出来ないと割り切って弟を構い倒すことに専念すると、これがまあ楽しかった。皆さんはオーバークックというゲームをご存じだろうか? 弟が二人でやろうと薦めてきた、料理を作って配膳するシンプルなゲームである。


 これが……生活を破壊するほど楽しかった。冗談じゃなく、弟の滞在していた四日間はほぼこれをやりYouTubeを二人で観て過ごした。楽しいことしかないと決めたので、当然本も読んだ


 ずっと楽しみにしていたホリー・ジャクソン『受験生は謎解きに向かない』が2024年の二冊目だった。読書日記でもお馴染みピップ三部作の番外編であり、本編の前日譚である。


 三作目『卒業生には向かない真実』にピップに惚れ込んでしまった私が最も楽しみにしていたものである。


 前日譚なので物語はかなり穏やかであり、内容もピップが友人達と共にマーダーミステリーをプレイするという楽しいものである。番外編ではあるが、個人的には謎解きの楽しさは三部作を越えていると感じた。マダミスというものを逆手にとっての展開は、素直に驚かされる。


 そして何より面白かったのは、三部作で垣間見えたピップの正義への執念、独善的な部分がゲームという場で剥き出しになっているところだ。ゲームにそれだけガチになるの? いや、ゲームだからこそガチになるのか? と読者が引いてしまうほどの苛烈さを見える。これにより、ピップの三部作での活躍が走馬灯のように思い出される。こうしてどんどんピップという人間の厚みが増していくのは味わい深く、卒業生~以降のピップの姿も少しでいいから見てみたくなってしまう


 続いてフェルナンダ・メルチョール『ハリケーンの季節』を読む。これはメキシコのとある村で起きた<魔女>の殺人事件を巡る物語だ。魔女の殺され方は残虐で凄絶なものだった。一体誰が何故魔女のことを殺したのか──を、村の各人を語り手に据えながら明らかにしていく物語である。そして明かされるのは、極めて閉塞的な村の狭すぎるコミュニティでの愛憎劇である。全ての人間関係が絡み合いすぎているので「そういうことだったのか!」と謎が氷解する気持ちよさはあるものの、それにもまして「どうしてこんなことに……」と、どんどん胸が苦しくなっていく。愛と死が近すぎておぞましいのだが、そこから抜け出そうにも彼らを取り巻く全てが人生を絡め取って動けなくしているのだ。閉塞的で暴力的で容赦無くグロテスクなのだが、作者のメルチョール自身が言うように、同時にこの小説の文章は詩的でもある。それが最悪のマチスモにより顕現した地獄に残る、小さな輝きでもある。


 個人的に一番好きな──好きな、というより印象が深い登場人物はルイスミだ。彼は愛嬌があり歌が上手い青年で、後先を考えず誰彼構わず関係を持つ。決して強い悪意があるわけではないのだが、衝動的で何も考えずに行動するお陰で、関わる全ての人間を地獄に引きずり込んでいく。タイトルは雨が一滴も降らず、人々をその暑さでおかしくさせるハリケーンの季節に由来するものだが、個人的にはこのルイスミこそが人間を破滅させるハリケーンなのではないかと思った。本当に……ルイスミのような人間がこの村にいてしまったことが間違いなのかもしれないとすら思う。


 語り手にはそれぞれ違った地獄があり、彼らはそれ故に傷つけ合う。その中心にある魔女の存在感も含め、重量級の傑作だった。


 2024年の始まりはいい読書が出来た。今年も色んな本を読んでいきたい。問題は、堕落した正月を過ごした結果謎の燃え尽き症候群になってしまい、気持ちがオーバークックから帰ってこないことだ。パタパタと野菜を切ってキノコを炒めていた私が無事に現実に帰ってくることは出来るのだろうか……?


Overcooked!」は、ニンテンドースイッチほか各媒体にて配信中です。


次回の更新は、2月5日(月)17時を予定しています。

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