一月/日

文字数 5,029文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

前回の日記はこちら



一月/日

 新年あけましておめでとうございます! 2023年も頑張っていきますので、今年もよろしくお願いします! と、気合いの入った挨拶をしたものの、この三が日は珍しく仕事をせず、連絡もせず、とことんのんびりと過ごすことにした。去年は大変な年であり、あれこれ疲弊することが起こったので、今年は健康に気を遣いつつゆったりと過ごし──その上で仕事をバリバリこなしていこうと決めたのである。矛盾しているようだが、目標なんかいいとこ取りでいいものだ


 ゆったり過ごすにしても、私が心から楽しいものなど数少ない。つまりは読書をするのが一番いい


 というわけで、その分厚さと「評論」という形態からずっと積んだままになっていた『スティーヴン・キング論集成 アメリカの悪夢と超現実的光景』を2023年の読み始めにした


 評論──実は、ずっと、評論というものを遠巻きにしてきた。理由は単純、何か難しそうだから……。小説を読めば面白いかそうでないかは分かる。だが評論は面白いとかそうでないかすら、多分分からない……。小説について、何か……多分頭のいいことが書いてあるのだろう……というイメージ……。皆さんの中にも同じイメージを抱いている方がいるような気がしたので、敢えて赤裸々に書いた


 だが、初めて腰を据えて読んだ評論である『スティーヴン・キング論集成 アメリカの悪夢と超現実的光景』は、そんなイメージを覆すとても面白いものだった


 この本は我らがスティーヴン・キングの著作を一つ一つ追いながら、キングの作品がどうして面白いのかを考察する、いわばエンターテインメントの解剖書なのだ。この作品が書かれた時のキングの状態はこうで、だからこれが書かれて、この作品はどんなものに影響を受けて……という裏側を知ることで、作品のことを深く理解することが出来る。個人的には五冊分の大長編から二冊分にまで短くしてから刊行された『ザ・スタンド』を語った回が面白い。これは、スティーヴン・キングというベストセラー作家が、どうやってセルフブランディングを成功させてきたかの記録であるのだ。なので、ある意味とても参考になる一冊だった。もし、あなたが面白い小説ってどうやって書くの? ということが気になるスティーヴン・キング愛好家なら、この本は物凄く楽しめるはずだ。


 これを新年の一冊に選んだのは大正解だった。これを読み終えた瞬間思ったのは「今年は小説をバリバリ書くぞ!」ということと「……ダーク・タワーを今年こそ全巻読むぞ」ということだった


 ダーク・タワーとは、私が読んでいない数少ないスティーヴン・キング作品の内の一つである。何故読んでいないか……それの理由はホラーではなくダークファンタジーだから……ではなく、単純に文庫本にして十四冊(角川文庫版換算)あって長いからである。この長さ故に「スティーヴン・キング作品の全ての世界はこのダーク・タワーシリーズに繋がっている、いわばお祭り小説なんだよ」という前評判を聞いても手が出せなかったシリーズだ。だが、キング自身がこのシリーズを「私のファンミーティングに来る人間に尋ねてすら誰も読んでいない」と自虐混じりに語っていると知ってしまえば、読まずにはいられない。いつか読もうのいつかは2023年だったのだ


 結果、私の初買い物はダーク・タワーシリーズ全巻になった。十四冊分の重みがこれから先の一年の指針になってくれたようで嬉しい。とてもいい休日だ……と思いつつ、次に手を伸ばしたのは既に読んだはずの「ペット・セマタリー」なのであった……。新装版っていいよね!



一月◇日

 三が日をぬくぬくと過ごした結果、読書と映画熱が燃え上がってしまい、三が日が終わってもどっぷりと本と映画に浸かっている。今月に入って何本映画を観ただろう? 『ALONE』『サウンド・オブ・ノイズ』『フォーリング・ダウン』『コール』『コーポレーション・アニマルズ』『ベニーズ・ビデオ』……。こうして映画を観ていると、段々と「このまま映画を見続けるだけの生活も幸せかしれない……」という恐ろしすぎる邪念が忍び寄ってくるので危ない。映画はそのくらいの魔力がある


 小説を読むと書きたいという気持ちを取り戻せるので、映画と並行して本も読むことにする。毎回新刊を楽しみにしている西条陽『わたし、二番目の彼女でいいから。』五巻を読み、今一番クリフハンガーが上手いシリーズだとしみじみ思う。面倒な男女の地獄っぷりのリアリティーも凄い。建前を並べ立てる割に欲望に流されて結果被害を拡大させていくのが大学生の恋愛である。独自路線で突っ走っている面白い物語が、今やライトノベル界のトップランナーとして人気を博しているというのが嬉しい。それにしても、読んでいるとお腹が痛くなってくるな……。


 読書には波がある。というわけで、この流れでルネ・ナイト『完璧な秘書はささやく』を読む


 前作の『夏の沈黙』では「自分の絶対に知られたくない過去が小説化されている」という嫌すぎる題材を書いていた、イヤミスの名手ルネ・ナイトだが、今回も想像するだに苦しくなるような物語で恐ろしくなりながらも一気読みした


 今作『完璧な秘書はささやく』の主人公・秘書のクリスティーンは、女性実業家のマイナを補佐する為に全神経を注いでおり、その為には睡眠時間を削り休日を削り、果ては家族を失うことすら顧みない。狂気的な愛と忠義によってマイナの完璧なサポートを続ける彼女は、自我すらも彼女に預けて邁進し、やがて彼女の偽証罪に加担してしまう。それが二人の蜜月の終わりだった──というサスペンス。


 どれだけマイナに理不尽に扱われても、少し褒められたり報われたりすればそれが幸せ。下手な恋人同士よりも甘く熱いこの関係は、実を言うとビジネスシーンでは珍しくないものである。この読書日記で以前紹介した小林元喜『さよなら、野口健』なんかがこの物語と不気味なほど似通っていて、度を超えた忠誠がグロテスクな歪みを生み、遂にはとんでもないカタルシスを迎える……というのは、よくあることだ。雇い主と自分との自他境界が曖昧になるのは、偏に「仕事」というものがアイデンティティーにおいて重要すぎるものであることと、仕事を全うする為に捨ててきたものと向き合うことは何より恐ろしいことだからなのだと思う。どれだけ辛くても誰の所為にも出来ない。全てを捨ててマイナといることを選んだのは他ならぬクリスティーンだからだ。


 常軌を逸した二人の関係は歪でグロテスクだけれど、不思議と共感出来るものである。それはこのサスペンスに通底しているのが「頑張ったのだから報われたい」「愛したのだから愛されたい」という普遍的な気持ちだからなのだと思う。クリスティーンはマイナの狂信者である。だからこそ報われてほしい──そう思うのはいけないことだろうか? それにしても、ルネ・ナイトはこうなったら嫌だな、こんなことが起きたら嫌だな、を描くのがとても上手い……


 同じ日に読んだわけじゃないのだけれど、新年から重い気持ちになった一冊として、ジョン・ロンソン『ネットリンチで人生を破壊された人たち』も挙げておきたい。これはそのタイトル通り、SNSでの炎上とその後に起きたネットリンチを紹介した本だ。人種差別的なジョークを言った結果炎上した結果、自分の名前入りのタグが作られ、酷い誹謗中傷から空港での待ち伏せまでを行われ、職まで失ったという「世界最大のツイッター炎上事件」など、読んでいるだけで気が滅入るような陰惨な事件が解説されている。


 だが、この本で特筆すべきはそれをただの集団心理や匿名性の悪辣さで済ませることなく、どうしてそれが起こってしまったかをインタビューなどを通してきっちりと考察することにある。はっきり言って私は人間の悪意に関する話がとても苦手ではあるのだが、悪意が恐ろしいが故にそれを解体し解きほぐしてくれる文章に救いを覚える。


 なかなか読むのに体力が要る本なのだが、インターネットという恐ろしいおもちゃを扱う人なら読んで損はないのではないか……と思った次第である。



一月◎日

 私は小説家の中でも随一のAudible愛好家であると自負している。家事をしている時、お風呂に入っている時、散歩している時、手が離せないけれど耳が暇な時は大体の場合Audibleを聞いている。この時代に生まれて良かった! と思う理由はいくつかあるけれど、その内の一つが間違いなくAudibleである。


 そんな私が配信を楽しみにしていた一作が、西尾維新『ウェルテルタウンで、やすらかに』だ


 こちらはなんとAudibleファーストの作品で、一番最初に読める(聴ける?)のがAudibleなのだ。これはとても面白い試みだと思う。脚本の仕事も小説の仕事も引き受けている身だからこそ思うのだが、音声劇と小説は同じ言葉を扱う物語なのに、なんだか勝手が違うのだ。ただ、その違いをしっかりと言葉で説明するのは難しい……と、この小説を聴くまでは思っていた。結論から言うと、語りが違うのである。語りの面白さが音の気持ちよさに直結しているのだな……と、思った次第だ。


 物語の舞台は、安楽死を売りにして人を呼び込もうとしている地方都市・安楽市もといウェルテルタウンである。主人公の推理作家であり、安楽市出身の「私」は、ウェルテルタウンのPR小説を書く為にこの町にやって来て、投身自殺用のタワーや、死ぬ為に作られた樹海などを見学していく。「私」は故郷があまりにも尖った具合に進化してしまったことに衝撃を受け、ウェルテルタウン計画を阻止しようと動くのだが、そこにウェルテルタウンから「自殺」を「依頼」されたネットの歌姫・ガキドウキセキが現れる。辛いことも悲しいこともなく、ただ格好良くみんなの記憶に残るように自殺したいだけの彼女を「私」はどうやって止めるのか……?


 この小説が、とにかく音で聴いていて楽しい一作なのだ。掛け合いの面白さは西尾維新作品の特徴だけれど、音で聴くことを重視しているからか、余計に語り口の面白さが際立っている


 今年の目標の一つとして「語りの面白い一人称小説を書くこと」がある。今まで私が書いていた小説の殆どは三人称小説である。三人称小説は描写の自由度が高く、文章上の仕掛けも多く仕込めるので書きやすい。だが、一人称小説は語り手の視点や価値観が反映される為、書き手を深く掘り下げることが出来る。一人称小説は内面世界に深く切り込む小説なのだ。


 私はどちらかというと、一人称小説の方が書くのに時間がかかる。具体的に言うと三人称小説にかかる時間に比べて十倍は時間がかかる。この言葉はこの人物が思考をする時に使う語彙だろうか? 部屋のこの部分を描写したいけれど、この人物はそんな場所に注目するだろうか? を考えているだけで袋小路に嵌まってしまう……。だが、それでまごまごしていると書ける本数が減ってしまうから、ちゃんと向き合わなければいけない。(実際に、今執筆している一人称小説でかなり時間をかけてしまっている)


 そして素晴らしい小説が書けた暁にはAudibleファーストで配信してほしいものである。と、新年の抱負と野望を込めた一言で、今年の初日記を締めくくりたい。


本年も「斜線堂有紀のオールナイト読書日記」をよろしくお願いいたします。


次回の更新は、2月6日(月)17時を予定しています。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

斜線堂有紀氏のTwiterアカウントはこちら


登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色