六月!日

文字数 3,419文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

六月!日

 辻村深月先生の新刊『琥珀の夏』を読む。ミライの学校という教育施設から見つかった人骨。そこから呼び覚まされていくミライの学校で過ごした過去の記憶──という物語で、こうした外界に開かれていない場所の物語が好きな自分はワクワクしながら読んだ。『星の子』といい『教団X』といい、何故こうも惹かれるのだろう……。

 言ってしまえばカルトものであり、作中でもそれを指摘される場面はあるのだが、この物語では、果たして全てをカルトと一括りにしていいだろうか? というところまで踏み込んで描いている。ミライの学校は敷地内にある泉を神聖視し、その水をパッキングして売った末にとある問題を起こしてしまうのだが、自分達の中に確固たる教育方針があり、ミライの学校が子供達のよりよい未来を作ると思っている。とはいえ、その閉塞的な環境が様々な連鎖を引き起こしてしまうのだが、カルトはどこから始まりどう終わっていくのかを考えさせられる。

 ところで、夏への憧れや理想の夏への気持ちは人一倍強いのに、夏の暑さには異常に弱い。今ですらクーラーに頼りっきりになっていて、秋口のような温度の部屋で過ごしている。去年から身体に重みがかかる重い毛布にハマっているので、この毛布を使う為に室温を下げているところがある。星新一の「最高のぜいたく」を思い出させるが、重い毛布でひたひたになりながら眠るのが好きすぎてやめられない。このひたひたの楽しさが味わえないから、夏が苦手なのかもしれない。早く寒くなってほしい……と思いつつ、今年はこの秋口の室温を保ち続け、無理矢理ひたひたになり続けるのがいいのかもしれない……。



六月☆日

 何かをする気になれず、懇々と本を読む日がある。それが今日で、アストリッド・ホーレーダーの『裏切り者』を延々と読んでいた。ハイネケンCEO誘拐事件という有名な事件を語るノンフィクションで、なんと実行犯ウィレム・ホーレーダーの実妹が書いたものだ。私がこの事件を知ったのは、映画『ハイネケン誘拐の代償』で、その時は仲の良い幼馴染五人が、素人にもかかわらず結託することで大きな誘拐事件を成立させたものの、ハイネケンの老獪な態度に翻弄されて決裂していく──という、ある意味で当然の結末を描いたものになっていた。わかりやすいし、どんな優れた犯罪でも大体は関係性が悪化することで失敗するよなという納得感がある(『熊と踊れ』とかね)。

 だが、あの映画を観た後にこの本を見ると、事件の様相がまるで違ってくる。アストリッド曰く、ホーレーダー家にはそもそも暴力を始めとしたかなりの問題があり、ウィレムは支配的な性格で周りを操るような男だった。ある意味で「面白い犯罪サスペンス」とまとめられており、ピカレスク的な味つけもされていた映画とは違い、主犯格がもっと残忍に計画を遂行した末に、オランダ史上最悪の犯罪を成し遂げたのだということが明らかにされる。

 それもあって『ハイネケン誘拐の代償』と『裏切り者』を一緒に摂取することは贅沢なことだな、と思う。一つの事件において、それを語るものでこんなにも変わるのだ。正直、『ハイネケン誘拐の代償』を観た時は『アメリカン・アニマルズ』を彷彿とさせる何やってるんだ感があったのだが、『裏切り者』はもっと生々しく、暗さを感じさせる。これだからノンフィクションはやめられない、と思う。



六月◎日

 劇場版レヴュースタァライトを観た。今年最高の映画が決まってしまったかと思って怯えている。みんなは誰が好きかな? 私は花柳香子!

 こうしたものを観ると、映像表現の説得力というか、あの体験で伝えられるものの強さに戦いてしまう。この前の読書日記で異常論文は小説にしか出来ないことだと書いたけれど、劇場版レヴュースタァライトは映像でしか出来ないものだと思った。観客はあの椅子に座っているだけでレヴュースタァライトを体験出来るのだから、映画ってすごい。

 予定が色々と合わなかったので、レヴュースタァライトは映画館横のホテルを取って朝一で観に行った。それを含めて、いい映画体験になったなと思う。そんなホテルの中で『日本SFの臨界点 中井紀夫 山の上の交響楽』を読み、打ちのめされた。

 全てを演奏し終えるのに一万年もかかる交響楽を交代で延々と演奏し続けている交響楽団の物語という発想のスケールにやられた。伴名練先生のアンソロジーでそのあらすじを知った時から戦いていたのだが、実際に読むと本当にすごい。中井紀夫先生の小説をあまり読んでこなかった自分が哀れになってしまうほどだった。

 一番好きなのは『神々の将棋盤──いまだ書かれざる「タルカス伝・第二部」より』だ。タシュンカ族という一族は自分の頭上にある巨大な将棋盤を両腕で支え続けながら暮らしている。どうして将棋盤を頭上に掲げているのかも分からないまま、将棋盤が傾いて自分たちが潰される恐怖に怯えるタシュンカ族には、間近にある理解し得る恐怖と、頭上の将棋盤というシュールな図が物凄く好みだった。ビジュアルが想像しやすい。

 これ、映像で観たいなという気持ちが起こり、なんだかちょっと悔しい気持ちになる。映像に打ちのめされ、小説だってと思ったばかりなのに。だって、大量の人間に支えられる将棋盤、見たいじゃないか。



六月/日

 JUMP JBOOKSさんのnoteに新作恋愛小説『健康で文化的な最低限度の恋愛』が掲載された。これで恋愛小説のシリーズは一段落し、一冊に纏まる予定だ。今回のテーマはジューンブライドで、中途採用で入ってきた後輩に恋をした主人公・絆菜が、彼と話す口実を作る為に自分の趣味を捨て、興味の無いサッカー観戦や登山に邁進していく物語だ。これは、恋愛って多かれ少なかれ相手に合わせることが必要になるよな、でも、それが行き着くところまで行った時、かつての自分はどこにいくのか? ということを考えた結果の小説だ。恋愛に全部を振った瞬間に、健康で文化的な最低限度の生活は消えてしまう。それが不幸なのかどうなのか、という話だ。どこまでを相手に切り渡せるのか、という話でもある。

 恋愛小説を書くのは好きなので、また引き続き書いていきたいと思っている。幸いながら、恋愛小説を書く機会を沢山もらえるようになった。デビューしたばかりの頃はあまりデビューしたジャンル以外のものを書く機会には恵まれなかったので、こうして「斜線堂有紀は恋愛小説も書ける」と思ってもらえたのが嬉しい。これも沢山読んでくださった読者の皆さんのおかげだと思う。

 そんなことを考えながら、一穂ミチ『スモールワールズ』を読む。様々な切り口での人間の生活を描いていて、ああ、この視点を知ってる。この思いを知っている、と思わせてくれるような短篇集だった。そこにあると知っていたものに、具体的な形を与えてくれる物語だ。

 好きなのは『愛を適量』という短篇で、離婚した妻に引き取られた子供に再会し、束の間の共同生活を送る教師の話だ。FtMである彼が性別適合手術を受けるまでの暮らし。その中で、二人の関係は静かに目まぐるしく変わっていく。

 どれだけの愛情が適正なのか、どんな祈りと愛着なら正解なのか、答えの出ない問いに向き合い続ける話は美しいし、自分もこういうものを書いていきたいんだろうな、と思った。

※株式会社ニトリホールディングス製の「重い毛布(q GY)」は2021年7月5日現在、販売が行われていないようです。


次回の更新は7月19日(月)17時です。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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