夢を追いつづける芸人たちの「歩行祭」

文字数 3,300文字

あの頃僕らは、楽しいことに飢えていた――。

バイきんぐ・小峠英二さんが語る、若手芸人たちの隠された青春秘話。

そこにはいつも、あの名作の存在があった!


初出:小説現代2022年12月号

夢を追いつづける芸人たちの「歩行祭」

 小説を読むようになったのは、高校時代からです。

 子どものころから、お笑いの道へ進もうとずっと決めていたのですが、高校のときに一度、休学をして芸人を目指す時期があって、その時に、「芸人になるには本ぐらい読んでおかなくちゃいけないだろう」と思って、買いはじめたんです。

 でも、それまで小説なんか読んだことがなかったので、正直、最初のほうはただ読んでいるだけで、あまり面白さも分かっていなかった。とにかく読もう、みたいな気持ちで乱読していました。

 それが22歳のとき、今も愛読している村上龍さん『コインロッカー・ベイビーズ』に出会い、初めてページを捲る手が止まらない感覚になりました。

 小説の魅力に目覚めた僕は、次に村上春樹さん『ノルウェイの森』を読みました。中学生のとき、『はなきんデータランド』という桂文珍さんがMCをしていたテレビ番組で、毎週、CDや本のセールスをランキングしていたんですけど、そのときに『ノルウェイの森』がずっと1位だったのが記憶に残っていたんです。この作品も、本当に面白かったですね。


 その後もいろいろな小説を読み続けていました。そしてある日、恩田陸さん『夜のピクニック』を店頭で見かけて、手にとったんです。

 恩田さんの小説を読んだのは初めてでしたが、情景が浮かんで、すらすら読めました。ただ坦々と高校生が歩く話なので、物語として派手さはないかもしれません。別にでかい事件が起きるわけでもないですから。でも、とにかく面白かった。

 それで、『夜のピクニック』で描かれている「歩行祭」というイベントを、自分でもやってみたい、と考えついたんです。

 実はこの話、テレビで何度か話したことがあるんですが、その話の前に、エピソード0があるんです。

 たまたま僕が『夜のピクニック』を読んだ後、知り合いの構成作家さんの家に行ったところ、本棚に『夜のピクニック』を見つけました。「これ読んだら歩きたくならないですか?」って言ったら、「なるね」「マジっすか? じゃあ、歩きましょうよ」「いいよ」って盛り上がって。だから本当は、最初は二人で歩いたんです。その方と、二人で夜に電車で鎌倉駅まで行ってそこから東京タワーを目指して歩くっていう。

 結構歩きました。25キロぐらいかな?

 でも、その人が川崎に入ったぐらいで「俺、ちょっともう無理かもしれない」って言い出して。「いやいや、頑張りましょうよ」って言っても、「いや、でも俺無理だ」ってタクシーに乗って、シャーって帰っていってしまった。

 一人取り残された僕は、もうここまで来たら最後まで歩いてやるっていうテンションになったので、そこから何時間かかったかはもう覚えていないんですけど、東京タワーまでなんとか歩き切ったんです。

 でも、ちょっと待てよ。『夜のピクニック』って、こういう話じゃねえ! あれはみんなで歩いて、極限の精神状態の中で普段吐き出せないことを語りあったり、いつも見ている景色が違うように見えたりとか、そういうのを楽しむやつじゃねえか!

 全然違うな、もう一回ちゃんとやろうと思ってやったのが、テレビで時々お話ししている1回目の歩行祭のエピソードなんです。

 それで、同じ事務所の芸人たちにこの本を配って、読んで興味持ったやつにやろうぜってさそったら、結果、総勢11人集まりました。錦鯉の長谷川雅紀とか、アルコ&ピースの平子祐希もいました。当時は僕も「キングオブコント」で優勝する前のことだったし、みんな今より時間もあったんですね。

 1回目は途中からずっと雨で、みんなカッパを着て歩いた。しんどかったな。何話したかなんて、ほとんど覚えてない。後半とか、もうみんな無言で……。錦鯉の雅紀が不安になったのか、「これ本当に着くの?」って、そのセリフだけ、覚えてます。あ、そういえば、『夜のピクニック』で出てくるお菓子の落雁を持ってきてくれたやつがいたっけなあ。

 そうやって16時間半かけてようやく東京タワーに着いたら、疲れで足が動かないんですよね。トイレに行こうってなったんですけど、中2階のところにトイレがあって、みんな階段が上れないから諦めるという、そんな極限状態でした。打ち上げで飲みに行くなんてこともとてもじゃないけどできない。そのあとライブの出番があるやつとかもいましたけど、漫才やってるやつなんか、「はい、どうもー」って、相方はもうセンターマイクに着いてるんだけど、そいつは足引きずりながら出ていくから、二人が離れたままネタが始まるみたいな感じだったらしいです。コントとかも全然動けなかったやつとかいたな。


 2回目は山梨の大月から高尾山まで。ずっと快晴の中、秋の紅葉がきれいで、心地好すぎたんです。1回目との落差がすごくて。

 これは俺たちの『夜のピクニック』じゃねえ! となって、3回目に全員軍服着用にして、負荷をかけることにしました。僕が古着屋に行って、軍服の上下18着そろえて、新宿駅に集合して着替えてもらいました。そこからバスに乗って木更津の山奥まで行って、幕張まで歩きました。

 別に自衛隊の駐屯地があるわけでもなし、千葉の山奥に突然現れた18人の軍服男に、周辺の住民の方も驚いてましたね。

 本当に田舎道で、深夜になると全く車も通らない。

 コンビニが1軒だけあって、ここで休憩しよう、となり、みんな疲れてるから、アイスクリームとかチョコレートとか、甘いものを手にして、軍服姿で死にそうな顔してレジに並びました。店員さんの驚愕していた顔が忘れられないですね。

 第3回は軍服だけじゃなくって、せっかくだから途中でカレーを作ってみんなで食うことにしました。幕張の海沿いで。

 カレーに使う道具も分担して持っていったんですけど、でっかい金盥みたいな鍋をしょってるやつが、歩くたびにカチャン、カチャン、カチャンってずっと音を立ててうるさいんですよね。前半は良かったんですけど、後半のしんどいときにカチャン、カチャン、カチャンって音がするのにみんな腹が立ってきて、「お前それ、うるさいんだよ」「いやいや、持ってこいって言ったのそっちじゃないですか」「いいから、音出さないような工夫を施せよ!」って、めちゃくちゃでした。


 4回目は全員スーツでした。今思うと、ベンチャー企業の新人研修みたいだな……(笑)。

 湘南あたりから、また東京タワーへ歩いたんですけど、やっぱりゴールが東京タワーっていうのがいいんですよね。分かりやすいというか。海とかよりも、うわーってテンションが上がりますから。たしか、五反田ぐらいで見えたんじゃないかな? みんなラストスパートだって盛り上がりましたね。

 そういえばその時、アキラ100%が当時はタンバリンってコンビを組んでいて、その元相方も一緒に歩いたんですが、そいつも足に限界がきて、もともと結構なヘビースモーカーだったんですけど、ゴールしたときに、この1本でタバコやめるって言って。そこからいまに至るまでやめていると聞きました。なにか感じることがあったんだと思います。


 15人近くもいれば、疎遠な人たちもいるんですけど、歩いているときは、普段そんなにしゃべってないもの同士が結構しゃべっていたと思います。喧嘩や仲たがいもなくて。

 今振り返ると、1回目に参加して、2回目辞退したやつは多分いないんじゃないかな。

 強制でもなく、計4回ほぼ同じメンバー、脱落者もゼロ。10人以上の芸人が集まって4回とも約16時間夜通しでした。

 あのころみんな、面白いこと、楽しいことに飢えていたんですね。

小峠英二(ことうげえいじ)

1976年生まれ。福岡県出身。1996年に相方の西村瑞樹とお笑いコンビ「バイきんぐ」を結成。ツッコミ、ネタ作りを担当し、「キングオブコント2012」で優勝。SMANEET Project所属。

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