あの人気芸人が小説を執筆! 『巻き戻し』(石橋遼大)

文字数 9,317文字

お笑い芸人たちがエンタメの地図を大きく塗り変え、小説の世界にも進出しつつある昨今――気鋭の若手芸人・石橋遼大さん(四千頭身)が短編小説を執筆!

才能あふれるこの注目作の試し読みを大公開いたします!



初出:「小説現代」2022年12月号

『巻き戻し』


小学生以来、異性を怖れ、

恋愛を素直に楽しめなくなってしまった僕の、

これまでとこれから──。

 最近僕は恋愛映画がオモシロくなくなり、面白くなった。

 これは大きな一歩だ。ただの自己満足に過ぎないが、この一歩があるのとないのとでは恐らく今後の人生の幅や彩りが変わってくるに違いないと信じている。


 僕は井崎慶一。明日28歳になる。誕生日を祝ってくれるパートナーなどもう何年いないだろう。なんてのは強がりだ。はっきりしている。中学3年以来彼女なんていたことがない。その時も本当に相手の事が好きだったのかさえハッキリしていない。

 何故こんな事になってしまったのか。心の奥底にある女性への恐怖心だ。それは学生時代に突如として僕の中で芽生え、人生を歩んでいくうちにいつの間にか水やりをしていたのだろう。順調に成長していってしまった。

 めんどくさい事にこいつは、心という無限空間の中で根を伸ばし続けていった。


 最初に種を蒔かれたのは小学生の頃だ。高学年になり、次第に女子が群れ始めた。そして、目に見えるほどの人間関係のピラミッドが完成する。そのピラミッドは、いつの間にか頂点から最下層まで何となくで位置付けられる残酷なもの。ただ、その位置付けに文句を言うものは何故か一人もいなかった。

 小学5年のある日ピラミッドの頂上に君臨している女王が言い寄って来た。

「ねぇ。ハルがあんたの事好きなんだって」

 女王の後ろでハルが目も合わせずにモジモジしている。ハルはピラミッドで言ってしまうと最下層にいるような、あまり誰とも群れない大人しい子だった。ただ女王に詰め寄られて言ってしまったのだろう。ハルが女王のおもちゃとしてターゲットになってしまったのだ。

 ハルの事を可哀想に思いながらも僕は、

「俺は好きじゃないな」

 と女王とハルの顔を交互に見ながら言った。

 本当の事なのだから仕方がない。子供の僕は女性を上手く傷付けないようにかわす術などもちろん知っている訳もなくバッサリといき、ハルを絶望の底に突き落とした。

 ただ僕には、ハルの絶望で表情を失った顔よりも、目を輝かせている女王が目に入った。

 次の日からある噂が立ち、僕は小学生ながら、スキャンダルが発覚した芸能人並みの質問攻めを、同い年の女性記者達から受ける事になる。

「ハルの事好きなんだって?」

 何が何だかわからない。

 僕はそんな事一言も言っていない。いくら弁明をしても信じてもらえない。

 記者達の後ろで女王が笑みを浮かべ、ハルがその横にピッタリと付いているのが見えた。僕は女王に確認するべく近づいた。

 すると女王が言った。

「ハル、あんたの事好きなんだよ。じゃあ、あんたも好きに決まってる」

 は? こいつは何を言ってるんだ。「じゃあ、あんたも好きに決まってる」とは。

 偉人級の数学者たちが発見したありとあらゆる公式や方程式を使ってもどうしてもイコールにならない。

 だが、厄介な事に、女王が流した情報だから、女子たちは皆信じきっているのだ。何より一番僕の中で引っ掛かったのは、前日まで後ろでモジモジしていたハルが、女王の横に目を真っ直ぐに据えて付いていたこと。この引っ掛かりを早々に解明出来ていれば、心の中の種は芽を出さなかったかもしれない。

 それからというもの、毎日のように記者たちが僕の席に訪れた。

「ねぇ。本当はハルの事好きなんでしょ?」

「いや、俺は好きじゃないよ」

 このクソみたいなやり取りの繰り返し。

 小学生らしくて良いじゃんと言う人もいると思うが、逆に小学生らし過ぎるからこそ、このやり取りをする度に僕はヘドが出そうになっていた。

『毎日目を輝かせながら俺のところに来ては聞いてくるけど、女子はこんな事でしか盛り上がれないのか? ていうか今までハルの事でお前ら盛り上がった事なんかなかったろ。急にハルの恋ひとつでばらばらの国が同盟を組んで襲い掛かってきやがって』なんて事を毎日思っていた。

 そんな日々が1ヵ月ほど続いたある日の昼休みに、いつも通り自分の席でダラダラとしていると、女王が近づいて来た。

「そろそろ本当にハルの事好きになった?」

「いや、だから俺は好きじゃないよ」

「じゃあ好きじゃないって事は嫌いなの?」

「別に嫌いでもないよ」

「じゃあ好きなんじゃん」

「だから好きでも嫌いでもないって!」

 僕は、この何の意味もなく終わりの見えないやり取りにムカついて言った。

 これが命取り。

「じゃあ好きか嫌いかで言ったらどっちなの?」

「じゃあ嫌いだよ!」

 僕は女王を睨みながら思い切って言った。

 いや、言わされたのだ。女王の見事な誘導尋問。

 僕の答えの後、数秒時間をおいて女王が言った。

「最低」

 これを捨て台詞に僕の元を女王は去って行った。

 僕はやってしまったという慌てた様子を隠すために、机に突っ伏した。

 女王がいなくなって1分程で、記者連合軍たちが再び僕に襲い掛かってきた。

「おい。本当最低。カッコつけんな」

「ちょっとモテたからって調子のってんじゃねえよ」

「ばーか」

 記者たちの目の輝きは消え、とにかく僕への悪口を直接浴びせてくる。

 そして、少し遠くで女王がハルの事を慰めていた。

「ハル。あんな最低な奴は忘れなよ」

 それを見た記者たちは、全員ハルの事を慰めに行った。

「大丈夫だよハル。あいつが最低だっただけ。また相談のるよ」

「また好きな人できたら言ってね。皆んな味方だよ」

「そうだよ。またハルの好きな人の所に聞きに行ったり何でもするからね」

「皆んなありがとう。もう大丈夫だよ。これからも仲良くしてね」

 僕はそのハルの言葉を聞いて身の毛が立った。

 ハルが全て指示を出していたんだと理解した。

 記者たちが自ら突撃してきたのではない。ハルが女子皆に相談をし、『聞いて来てほしい』と指示を出し、同情を買い仲間を増やしていった。その最初の仲間が女王ってだけだった。

 ハルは女王の性格をよく理解し、女王なら情報を流してくれると思ったのだろう。だからまず女王を仲間につけた。すると、女王はハルの思い通りに情報を流した。

 あとは女王の近くにずっといるだけ。そうすることにより、ハルは女王のお気に入りとして周りから見られる。

 女王のお気に入りを放っておくわけにはいかない記者たちは、次々にハルの仲間になっていく。そして最終的に女王がハルの事を慰めるのを見て、ハルは女王の友達なんだと周りが認識する。

 ハルはピラミッドの頂点まで一気に駆け上がった。最初にモジモジしていたのは、どっちに転んでも幸せな未来しかないことへの興奮だったのだろう。僕が「俺も好きだ」と言えば晴れて両想い。そうでなければ大勢の仲間を手に入れることができることへの興奮と緊張。

 小学生の女子にはもうピュアなどという言葉は似合わない。


 それからというもの、卒業まで女王はやはり恐れられていたが、ハルの周りには必ず誰か記者が付いていた。

 自分にも恋の相談をしてくれたという事で、心を開くものが多かったのだろう。ハルは真の女王となっていた。

 そして僕はこのハルの事件があってから、女子たちとの距離を感じていた。

 相変わらず普通に日常を過ごしているだけなのに、カッコつけるなと言ってくるやつもいた。

 この頃からだ。

 少しでもカッコつけだと思われないために、僕の一人称が「僕」になったのは。


 心の中の種が見事に芽を出し、急成長をしたところで、僕は中学に進学した。

 学年の半分程が同じ中学に進学し、半分はそれぞれ散らばった。

 女王は違う学校に進学したが、ハルは同じ学校だった。ハルの女王期が続くかと思われたが、元は大人しい子であった事もあり、新たに加わったクラスメイト達に人見知りをして、女王の座を明け渡した。

 中学にもなると、女子達は男子達を置いて、完全な大人の感覚に近づいて行く。

 男子は馬鹿なもんで、あの子は胸がデカいから、など単純にも程があるといった具合にエロで好きな人を決めたりする。

 それに比べ、女子は足が速いからというだけではもちろん選ばなくなり、中身を見るようになる。

 中1の春頃に、僕は女子から急にサラッと水やりをされた。

「井崎って顔はマシだけど性格がなぁっ、て女子は言ってるよ」

 悪魔からの宣告だと思った。

 僕は別に自分のことが好きな女子はいるのか、なんて聞いてない。普通に美術の授業で絵を描いていただけだった。

 確かに周りが「あいつの好きな人は誰?」だの「女子から人気の男子は誰?」だので盛り上がっているのは耳に入っていた。思春期の僕の耳には大好物の話ではあったし、加わりたい気持ちもあった。

 だが、その気持ちを抑え、得意ではない絵を描きながら一人で耳を澄まし楽しんでいた所へ、急に悲報が舞い込んできた。

 それを急に言って来たのは、中学から一緒の学校になったマキ。

 マキは人見知りをあまりせず、誰とでもある程度仲良くできる子で、言わば情報屋。同学年の情報はもちろん、他学年の恋の噂から誰が先生に怒られたなどの情報までキャッチするのが早い子で、何でもすぐ人に言ってしまうような子だった。だが、どこか憎めなく嫌うものはいなかった。

 マキは入学して早々、3クラスある同学年ほぼ全員のメールアドレスを手に入れ、ある時は『明日数学の提出物あるから皆んな忘れないでね』など、全員への一斉送信で忘れがちなことを思い出させて、助けてくれたりもした。しかも、その一斉送信のおかげで、気になっている人のアドレスを無条件でゲットできる特典付きで、それに感謝する人も少なくなかった。

 そんなマキからの急な宣告に僕は戸惑いながらも、

「あっそう。別になんでもいいや」

 と、マキと目を合わせることもなく、絵を描き続けながら、スカして返した。

 だが、その絵を描く手はブルブルと震えた。この震えは、モテていない事への悔しさなのか、それとも、陰で女子が自分を話題に出してそんな悪口を言っているという事への恐怖なのか。

 どちらにせよ、僕の中の芽に水が与えられる事となった。


 バラエティ番組では、タレント達の妻が怖いというエピソードトークが空前のブームとなっていた。所謂、恐妻家。恐妻エピソードで周りの出演者は笑い、それに怖がるタレント達の顔で更に笑いは大きくなっていく。

 僕は昔からテレビっ子でどんな事でも笑っていたが、恐妻エピソードだけは、女性の普段見てはいけない部分を表で見ている気がして、その恐妻達が鎖の外れた猛獣のように見えて笑えなかった。笑いたかったのだが、怖かった。

 その時期に重なった、悪魔からの宣告。

 僕はその事実を聞いてからというもの、とりあえず女子を敵に回さないように接するようになる。

 自転車通学をしていた僕は、前に女子がいたら抜かないようにした。抜いた事で「チャリ爆走男」として悪い噂が女子に広がるかもしれない。どうしても急いでいる時は、回り道をして抜いた。

 授業中、文房具を落とした女子がいれば、積極的に拾った。拾わなかったら、「文房具無視黒板凝視男」として悪い噂が広がるかもしれない。

 体育の後の冷水機は、女子がいればどれだけ飲みたくても遅く歩いて、女子が先に飲めるようにした。先に駆け足で飲みに行ったら、「冷水機熱愛男」として悪い噂が広がるかもしれない。だが、ここで気をつけなければいけないのは、女子が飲み終わってすぐに飲みに行くと、「冷水間接キス狙い男」として悪い噂が立つかもしれないので、女子がその場から完全に立ち去ってからでないと飲みに行かなかった。

 このように、女子を敵に回したら何をされるかわからない、小学生の時よりもやれる事と考えてる事の幅が広がりまくっていると思った僕は、とにかく気を使い、優しく接するのを普通にしていった。

 すると、僕には男友達だけでなく、女友達が急激に増えた。女子だろうと男子だろうと友達と喋る事は嫌いでなかった僕は、分け隔てなく喋るようになった。

 男女問わず迷える子羊たちの恋愛相談も受け、上手くいくように仕向けるキューピッド的な役割を担うことも少なくなかった。

 だが、上手く行ったら行ったで、これがまた大変。

 双方の嫉妬だ。特に迷える雌子羊。

 少しでも彼氏がほかの女子と喋っていたら、メンタルをやられ、自己嫌悪に陥る。そのケアも僕が承った。

 もちろんこれも女子を敵に回さないため。ここで僕がケアを怠ると、再び最低男として悪い噂が回る。

 僕は必死でケアをした。

 そんな事をしていると、僕は入学当初とはまるで違う評価を中1の最後の方から受ける事になる。相変わらず一人称は「僕」を使い、誰にでも優しくしていると、女子から「性格がなぁ」なんて言われることもなくなり、女子たちはこぞって僕のことを「慶一」と下の名前で呼び始めた。

 こうなると一気に距離も縮まった風になり、親しみやすい存在として扱われる。


 中2になった頃、1年前まで僕にとっては悪魔であったマキが吉報を届けてきた。

「慶一って女子たちからちゃんとモテてるよ」

 モテるものが偉いとされる中学生にとっては、またとない知らせだ。

 だが、僕は喜び方を知らなかった。小さい頃から5個上の兄のお下がりでおもちゃやゲームはあったため特に物欲も無く、買ってもらえた時の喜びを経験して来なかったし、サンタクロースには希望の物を貰えたことはない。

 ヒーロー物の番組を見ていなかったので、生でヒーロー達に会えたところで喜びはなかった。

 小学生の時にハルが自分のことを好きだと知った時は、恋愛なんてもっと年齢を重ねてからする事だと思っていたし、興味もなかったので、何も思わなかった。せいぜい喜びを表すのは、スポーツで日本の選手が勝つのを見た時か、兄にゲームで勝った時くらい。どれも下克上を果たした時に喜びの感情を露わにする幼少期だった。

 そのため、人の恋愛話には興味の湧く年齢ではあったが、いざ急に自分がモテてると言われると、一般的には喜ばしい事なのだろうが、どういう感情の表し方をしていいかわからず、

「誰に?」

 と素気なく聞き返した。

 マキは誰とは言わずに去っていった。マキの後ろ姿を見ながら、僕の感情は喜びから不安へと変わっていった。

 今まで女子を敵に回さないように、誰にでも優しく接していたらモテた。

 だが、これは本当の自分なのか。

 ただのエゴイストが演じた、僕ではない僕がモテているのではないかと。

 だが、これをしている時に苦痛と思ったことは一度もなかった。

 ここで僕はひとつ決心をする。この演じている自分を本当の自分にしてしまえばいいと。誰にでも優しくしてれば嫌に思う人はいない。その結果モテているし、女子からだけでなく男子からも信頼されるからいい事しかない。

 僕は自分に言い聞かせ、マキの後ろ姿を見ながら、襲ってきた不安を消し去った。

 だが、この決心が後に僕の心の緑に、より多くの水を与えることになる。

 マキの情報通りと言ってはなんだが、僕はその後すぐに初めての彼女ができた。

 相手の名前は町中藍。通称アイだ。

 アイと僕は1年の時同じクラスで2年では別クラスになったが、普段から頻繁にメールのやり取りをする仲だった。

 もちろんアイにも敵に回られないように優しく接していた。そこに惚れ込んでくれたらしい。

 告白はアイから。メールで急に「好き。」とだけ送られてきた。

 僕はマキからのモテている情報を得ていたため、それほど驚くことはなかった。そして僕はアイの事は嫌いではなく、仲も良かったし、断った場合、女子が敵に回る可能性があると思ったので「じゃあ付き合う?」とだけ返した。

 すると、アイからは「うん!」とだけ来たので、交際成立。

 僕は異性と付き合う時の理想を高くしてしまっていた。月9で見ていたシチュエーションと随分違い、こんな感じなのかと少し落胆した。

 だが、これにより晴れて初めての彼女を獲得。翌日からの学校生活を楽しみにしたのも束の間。

 小学生の時の記憶がフラッシュバックし、こう思った。

『また大量の記者がやってくる』

 と。

 中学生になって、より一層女子は群れごとに行動するようになり、ピラミッドの上下も明確になった。明らかに上にいる群れ達には逆らえない様子の群れもいれば、いつかあいつらを超えてやろうと目を輝かせている群れも見てとれた。

 ハルのように単独で行動するものはおらず、群れでの結束がより強くなり、同じ志を持っているもの達で群れている感じがした。

 だが、これはあくまでも学校生活での話。大好物の恋愛話となればその情報を得たいという同じ志によりピラミッドは崩壊し、阪神園芸が整備した後の甲子園球場くらい綺麗な平坦になる。

 そして、連合軍として襲いかかって来て再びあの地獄のような時間を過ごさなければならないかもと僕は恐れた。

 こう思うまでアイの「うん!」の返信から1分も経っていない。

 すぐさま僕はアイに返信をした。

「この事は皆んなに秘密にしよう」

「なんで?」

「二人だけの秘密って方がなんかドキドキしていいかなぁって思って」

「確かに! わかった! 黙っとく!」

 僕はそれっぽいことを言ってアイを納得させた。

 翌日の朝。アイの親友のミカが近寄って来て、耳元で囁いた。

「アイとお幸せにね」

 あまりにも早すぎたアイの裏切りに落胆しつつも、

「なんのこと?」

 と、僕なりの迫真の演技でシラを切った。

「ずっと相談されてたんだ。だから上手くいったって聞いて嬉しかった」

「あ、そうだったんだ。一応アイと二人だけの秘密って事にしてるから、誰にも言わないでいてくれると助かる」

「なんで?」

「お前ら女子がワーワー騒いで来るのがめんどくせえからだよ」

 なんて、もちろん言えない僕は、

「恥ずかしいしさ。二人だけの秘密って方がなんか良くない? ってアイとなったんだよね」

 と何となく理由をつけて口止めをした。

 ミカは大きく頷いてわかったと言い笑顔で去っていった。

 ナメていた。

 口止めの意味は全くなく、次の日から恐れていたことが起きる。

 おそらく僕らの下校後に阪神園芸がやってきて整備したのだろう。平坦になった地で連合軍となった女性記者達が押し寄せた。

「アイと付き合ってるんだって?」

「デートする予定は?」

「どんな感じで付き合ったの?」

「アイ呼んで来ようか?」

「今幸せ?」

 今回は各々の質問が四方八方から飛んできた。僕は女性から囲まれることがあったらそれは天国だと思っていたが、そこは地獄と化した。記者達の目が黒目だけになり口だけがほんのり微笑んでいる。

 この光景が今でも頭から離れていない。

「皆んなソッとしといてよー」

 と言って逃れる日々。来る日も来る日も、少し人生経験を積み、語彙を手に入れた女性記者達が、質問内容を微妙に変えて自分に襲いかかってくる。

「アイとどんな感じ?」

「喧嘩とかしてない?」

「どれくらいの頻度でメールしてるの?」

 誰にでも優しく接していたことが裏目に出た。

 女友達が多かったため、皆遠慮をしない。ズカズカと僕の中に入って来ようとする。怖くて敵に回さないように仲間にしていたはずが、いつの間にか仲間に苦しめられる事となり、僕は詰んだのだ。

 人間関係を築いていくとなるとそれなりに時間がかかることは、中学生にでもなればわかっていた。特に、女子と仲良くするなんて非常に繊細で時間がかかる。

 だが、それは崩れるとなると一瞬だ。ダイナマイトで建物を解体する時くらいに。

 もし僕が女性記者達からの質問に一回でも不信感を抱かれるような返し方をすれば、今まで嫌われないようにやって来たことが全て無駄になる。そして、仲間から苦しめられるのではなく、敵となり苦しめてくる。

 だが、このままでいれば記者達からの質問攻めは続く。

 逃げ場がなくなった。

 そんな時に改めて男友達の大切さを知る。

「女子に囲まれて羨ましいなぁ」

「何も楽しくないわ」

「まぁお幸せに」

 冗談を混ぜながらからかって来たものの、クエスチョンマークをつけて来る者は少なく、ただ見守ってくれるやつらが大半だった。

 女子の方が早く大人っぽくなると言うが、僕はこの時に、女子の方が早くに大人っぽく見せるのが上手くなってるだけで、全員が女優なんだと思った。

 男の方が馬鹿なのは間違いない。しかし、それは不器用なだけで、人間関係においてはよっぽど男の方が大人らしい対応をしていると感じた。

 アイと付き合う契約を交わして1ヵ月ほどで、僕は記者達からの質問攻めに耐えきれなくなり、別れをメールで申し出た。

「もう別れようか」

「なんで?」

「何か合わないかなって」

「判断するの早くない?」

「アイが約束守ってくれなかったし」

「私言ってないよ誰にも!」

 この返事が衝撃的だった。

 あまりにも簡単な噓。

 この言葉を信用する訳も無いし、これによりアイへの信用さえ無くなりかけた。

「ミカに言ったでしょ? ミカからお幸せにって言われたもん」

「わかった。別れる」

 これにて僕とアイの契約が途切れた。

 次の日以降も、女性記者達は僕の所にやって来たので、僕はハッキリと別れた事を伝えた。

 すると、記者達はいなくなりピラミッドの再建築が始まった。

 そしてマキからこんな情報が入ってきた。アイとミカが喧嘩している。

 僕のせいで喧嘩している事は誰にでもすぐにわかった。女子達のピラミッド建設の手が止まっている気がした。

 ここで二人の仲を修復させないと自分は女子を敵に回す事になってしまうと思った僕は、すぐに二人の間に入った。

 アイはミカが僕と周りの皆に言った事で別れのきっかけになったという事への怒り、ミカはずっとアイの話を聞いてあげていて、そもそも最初はアイが自分に言って来たのだから別れたのを自分のせいにされた事に納得いっていない怒り。

 僕が誰にも言わないでという条件を出した事でこうなってるのは明白なので、全て僕が悪かったと謝った。

「うん。全部慶一が悪い」

「まぁ謝ってくれたしいいや」

 その瞬間、どこからかカット! の声が聞こえて来たかのように二人は表情を変えた。

 二人は先程までの殺気漂う雰囲気とは真逆の雰囲気で、大笑いしながら歩いて行った。

 僕の記者からの質問攻めが怖かったからという理由のもとの条件提示であったのにもかかわらず、結局、その恐怖に陥れた張本人の女優二人による自分達が被害者になれる名演技だった。

 僕の中の芽は根を深くし、一気に花を咲かせた。





気になる続きは、「小説現代」2022年12月号でお楽しみください!

石橋遼大(いしばしりょうだい)

1996年9月13日生まれ。東京都出身。漫才トリオ「四千頭身」のボケを担当。2019年に「第40回ABCお笑いグランプリ」決勝、「M-1グランプリ2019」準決勝に進出。

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