第36回/SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,628文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちの活躍を描きます!
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
尚亮たちが暴れられなくなれば、障害はない。金はすでにもらっている。とっとと海外へ逃亡するだけだ。
「まあ、がんばってくれ」
浜岡は坂道の上に目を向けた。
車のエンジンをかけようとする。
と、運転席の窓に影が差した。
ふっと顔を上げた。瞬間、黒い拳が運転席の窓ガラスに迫った。
衝撃と共にガラスが砕け飛んだ。
浜岡はたまらず両膝を引き寄せ、頭を抱えた。ガラス片を頭からかぶる。
縮こまっていると、割れた窓から手が伸びてきた。襟首をつかまれ、強引に窓から引きずり出そうとする。
浜岡は少し暴れたが、何者かの力は相当なものだった。ずるずると上半身が窓から引きずり出された。尖ったガラスが脇腹を抉る。痛みに体が硬直した瞬間、完全に外に出された。
地面に落とされる。浜岡は胸を打ち、呻いて横になる。
何者かは間髪を入れず、右脚を振った。爪先が浜岡の鳩尾にめり込んだ。息が詰まり、目を剥いた。
「誰……だ」
「一人だけ逃げようって魂胆はいただけないですね」
太い声だった。聞いたことはない。
「上からの指示で来ました」
男がにやりとした。白い歯が光る。
上、という言葉に浜岡の顔が引きつった。
その後、再び、強烈な蹴りが飛んできた。男の脚の甲が浜岡の顔を跳ね上げた。
瞬間、浜岡の意識が途切れた。
2
ライチとキノピは、坂を上りきったところで木の幹に身を隠し、屋敷の様子を見ていた。
車が三台停まっている。表に人はいない。屋敷の明かりは点いている。中には人がいそうだった。
「どうします……?」
そう訊くキノピの声は震えていた。
「キノピはここで待ってて。僕が行ってくる」
陰から出ようとする。
キノピはあわてて、ライチの腕を握った。
「待って!」
ライチを引き戻す。
ライチはよろけて、屈んだ。キノピもその横に屈む。
「やっぱ、警察を呼んだ方がよくないですか? 浜岡さん、たぶん連絡しても来ませんよ」
「だろうね」
ライチがさらりと言う。
「だろうねって……」
キノピは眉尻を下げた。
「ライチさん、新宿の時もそうだったけど、なぜ危険を冒してまで、ハニラバを助けようとするんですか?」
キノピがライチの腕を強くつかむ。
「事務所ならまだしも、ここには危ないやつらしかいないんですよ。それでも、行くつもりですか?」
「僕の命なんだ、ハニラバは」
ライチがキノピを見て微笑んだ。
「ハニラバがいなかったら、僕はいまだに仄暗い闇の底にいたと思う」
そう言い、薄闇の中に視線を向けた。
「どこにいたの?」
キノピは恐る恐る訊いた。
「家。自分の部屋」
ライチが答える。
「自分の部屋が闇の底?」
「うん。もっといえば、家自体が闇の底だったかな」
ライチは微笑んだまま息をついた。
「僕の家はお堅い家でね。僕以外は父も母も兄もみんな公務員。当然、両親は僕も公務員になるべきだと押し付けてきた。でも僕は絵を描きたくてね」
「ライチさん、絵が描けるんだ」
「うまくはないけど。高校卒業後は、美大に行けたらなと思っていたんだ。けど、当然、両親は反対。絵描きなんて、一家の恥だとまで言われたよ」
「それは、ひどいね……」
キノピはライチの腕を握っていた手を離した。
「仕方ないよ。理解のない人に理解してと言っても通じないから。僕はその空気が嫌で、一度家を出たんだ。でも、すぐに連れ戻された。両親の言い分だと、自分たちが子育てを間違ったから、僕が道を外そうとしている。だから、もう一度、教育し直すってことだったみたいだけど」
「それもまた、ひどいね」
キノピはそう言うしかなかった。
「部屋に半ば監禁されて、勉強させられた。いわゆる東京六大学のどこかに入って、国家公務員になれと。けど、僕は二浪、三浪した。そりゃそうだよね。部屋にこもっていても勉強なんてしてないんだから」
「どうしたかったんですか、ライチさん」
「家を破壊しようと思ってた」
ライチの言葉に、キノピが息を呑む。
「両親は自分たちの都合と理想で、僕の夢と自由を奪った。なら、僕は、籠城して、両親が思い描いていた理想の家庭と老後をめちゃくちゃにしてやろうと思った。ほんと、視野が狭くなると、人間ろくなことを考えないよね」
自嘲気味に笑い、話を続ける。
「そんな生活が五年くらい続いたかな。さすがに両親もヤバいと思いだしたみたいで、今度は働けと言い出したんだ。ひきこもりはみっともないからと。冗談じゃないよね。ひきこもらせたのは自分たちなのに。でも、就職先を探すという名目で、外に出られるようになった。けど、就職先なんて探さなくて、街をふらふらしているだけだった。そんな時にハニラバのライブが目に留まったんだ。ふらっと入ってみた。地下のライブハウスに入った時は、なんだか自分の部屋みたいで気持ち悪かったんだけどね。パッと明かりが点いたと思ったら、ライブが始まった。なんか、僕の胸の奥まで照らされたようで、衝撃だったよ」
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。