第37回/SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,895文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちの活躍を描きます!
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
ライチは遠い日を見つめるように夜空を仰いだ。
「お世辞にもうまいとは言えないのに、一所懸命に歌って踊ってた。ライブが終わって出ようとすると、メンバーが物販に並んでた。僕はたまたま最初にミミちゃんのところに行ったんだ。で、握手をしながら訊いた。なんで、こんなところで歌ってんのって。失礼な話だよね。でも、ミミちゃんは答えてくれた。夢をあきらめたくないから。一日でも長く、夢を追っていたいからって。その言葉を聞いた時に、僕、不覚にもミミちゃんの手を握ったまま泣いてしまったんだ」
ライチが苦笑する。
「引くだろうなと思ってたら、ミミちゃんは笑顔のまま、僕の手を強く握ってくれた。で、言ってくれたんだ。夢があるからつらいんですよねって。僕はその一言で、目覚めたんだ。やっぱり、絵を描きたかったんだよね。食えなくてもかまわないから、そこを目指してみたかったんだよね。その気持ちを押し殺してるからきついんだって。僕はその日帰ってすぐ、荷物をまとめて家を出たんだ」
「すぐ! お金は?」
「少ししかなかった。すぐ自動車工場の期間工に応募して採用されて、寮に入って働きだしたんだ。休日はもちろん、ハニラバのライブに通った。そこでお金を貯めて、絵を描きながら働けるところを探してたら、今の会社のキャラデザ部にアシスタントで入れることになったんだ」
「ライチさん、キャラクターデザインの仕事してるんですか!」
キノピが目を丸くする。
「アシスタント。僕に創造性はなかった」
自嘲する。
「けど、自分のしたいことが仕事にできて、今も続いているのはうれしい。その背中を押してくれたのが、ミミちゃんとハニラバのメンバー。僕に人生を取り戻させてくれた存在なんだ。だから──」
「だから、命がけで守ると?」
キノピの言葉にライチがうなずく。
「僕の人生を救ってくれた人たちだから。ミミちゃんが、彼女たちが危ない時は、いつでも僕の人生を差し出すつもりだ」
ライチが言う。そのまっすぐな眼差しに迷いはない。
「すごいな……。僕はそこまでハニラバに思い入れはない」
「普通そうだよ。でも、ミミちゃんが言ってたよ。キノピが箱推ししてくれているから、メンバーが一人も欠けずにやっていけるんだって。キノピがいなかったら、とっくに解散させられているか、みんなバラバラになって、別のユニットになってたって」
「そんなこと言ってくれてるんだ……」
キノピは少し口元に笑みを覗かせた。
「僕みたいな理由があろうとなかろうと、ハニラバを推している仲間に変わりはない。ありがとう」
ライチが頭を下げる。
「いや、ライチさんにお礼されるのは……」
「変だけど、素直な気持ちだよ」
ライチは笑顔を見せた。そして、真顔になる。
「キノピ。ここで待ってて。僕が突入して、メンバーを逃がす。外に出てきたら、メンバーを連れて逃げて」
「それは危ないって!」
「もう待ったなし。僕は行くから」
ライチは立ち上がった。
「もし無事で、ハニラバのライブが再開されたら、またそこで会おう」
そう言い、背を向けて屋敷に向かって歩き出そうとする。
「待って待って、ライチさん」
キノピは立ち上がった。大きく息を吐いて、顔を上げる。
「僕にとっては、ハニラバも大事だけど、ライチさんも大切な人だ。二人でハニラバを育ててきましたもんね。ライチさんだけ行かせるわけにはいかない」
ライチに近づく。
「僕も行きます」
「無理しなくていい。それに、メンバーが出てきた時に逃がす役目もいる」
「その前に、メンバーを助けられなきゃ意味がないでしょう? 一人より二人の方が、確率は上がるっしょ。たいして力にならないかもしれないですけど」
キノピがにやりとする。
「キノピ……」
ライチがグッと唇を締める。
キノピはライチの二の腕を叩いた。
「助けましょう!」
「おう!」
ライチとキノピは玄関を睨み、肩を怒らせ、歩を踏み出した。
3
真田は玄関正面の向かって右側の部屋に潜んで、浜岡たちを待っていた。
平間は玄関向かって左端の部屋に詰めている。浜岡たちがエントランスに上がったところを前後で挟み撃ちするためだ。
平間のいる部屋には、倒して拘束した敵も転がっていた。意識が戻りそうになった敵がいると殴りつけ、眠らせている。
玄関ドアの蝶番が鳴った。
真田と平間はドアに張り付き、息を潜めた。
靴の音がホールに響く。張り付くような音。スニーカーのようだ。
真田は銃を抜いて握った。
足音がわずかに大きくなってくる。タイミングを計って、真田が飛び出した。
「手を上げろ!」
人影に向かって、銃口を向ける。
影は二つあった。二人とも、直立して両腕を高く上げた。
平間がドアから出た。人影はドアが開いた音に驚き、身を固くした。首を曲げることもできず、銃を握った真田を凝視している。
平間は人影の背後に回る際、人物を確認した。ライチとキノピだった。
背後に立ち、真田を見てうなずく。
「浜岡は?」
真田が訊いた。
「坂道の下で待機しています」
キノピが震える声で答える。
「ここに来たのはおまえたちだけか」
真田の問いに、二人は強く首を縦に振った。
平間は後ろから二人の肩に腕を回した。手を置くと、二人の体はますます硬くなった。
「ご苦労さん。二人だけで乗り込んでくるなんて、すごいな」
優しく声をかける。
ライチが肩越しに振り向いた。
「タクさん!」
ライチの声に、キノピも振り返る。
二人に微笑みかける。キノピは平間の顔を見るなり、へなへなと膝を崩しそうになった。平間が脇に腕を指して支える。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。