「群像」2022年9月号

文字数 1,465文字

編集後記は、文芸誌の裏方である編集者の顔が見えるページ。

このコーナーでは、そんな編集後記を選り抜きでお届けします。

「群像」2022年9月号

 経験していないことを理解するのは難しい。しかし、経験をしたとしても、それは困難なことなのかもしれません。現在私たちが経験しているウクライナ戦争は長期化し、戦争への恐ろしいまでの「慣れ」が生じています。自分とどうつなげたらいいのかわからない、寄る辺なさが、ある。


 毎年戦争について考えている9月号の、今年の特集は「戦争の記憶、現在」。創作は松浦寿輝さんと、高山羽根子さんによる中篇一挙掲載。工藤庸子さんの新連載「文学ノート・大江健三郎」がスタート。特集内小特集として、W・G・ゼーバルトについて、石沢麻依さんと松永美穂さんの小論。大川史織さんにはマーシャル諸島にまつわるエッセイを、articleは庭田杏珠さんに「記憶の解凍」プロジェクトを軸に書いていただきました。


〈あなたの差し出した欠片が、わたしの中にやってきて、とどまっているということ。何かは完全にはわからないが、たしかにそれがわたしにやってきたということ。そういうときにこそ「伝わった」「わかった」とわたしたちは言ってしまう。あなたが入り込んだせいで、わたしの魂はずきずきとした痛みを感じている。〉


 今号の永井玲衣さん連載「世界の適切な保存」からの一節です。「あなた」の箇所を「戦争」に置き替えて読んでいました。「痛み」を感じ続けなければ、「何かがやってきた」ことを忘れてしまう。わかりあうきっかけが消えてしまう―。


 理解へつながる「痛み」をとどめるために必要なのは、文学や言葉が灯す「想像力」である、と信じます。特集だけではありません。戦時下の8月、雑誌内に息づく書き手のみなさんの、戦争への想像力を感じてみてください。


 本誌1月号に掲載された高瀬隼子さん『おいしいごはんが食べられますように』が、第167回芥川賞を受賞しました。高瀬さん、おめでとうございます。受賞を記念して、エッセイ「失われたおいしいごはん」を掲載します。


◎創作は川上弘美さん「水でぬらすと甘い匂いがする」、長島有里枝さん「灯台と羽虫」、町田康さん「応神天皇」の3本。


◎「ぼくらは大天幕を見ていた」は、かつて「サーカスの子供」だった稲泉連さんが、失われた風景と時代を描く、追憶のノンフィクション。


◎本誌連作を単行本化した今村夏子さん『とんこつQ&A』の刊行記念小特集は、今村さんのエッセイと、江南亜美子さん、辛島デイヴィッドさん、瀧井朝世さん、平松洋子さんによる書評豪華4本立て。


◎関口涼子さん『ベイルート961時間(とそれに伴う321皿の料理)』をめぐって、ジュンク堂書店池袋本店で行われた藤原辰史さんと関口さんの対談を誌上収録。食を通して新たな社会の姿を探ります。沼野恭子さんによる本書の書評もあわせてぜひご覧ください。


◎小川公代さん「ケアする惑星」と星野太さん「食客論」が最終回を迎えました。どちらも小社から単行本として刊行予定です。


◎コラボ連載「SEEDS」は、工藤顕太さん「「危険思想」としての精神分析」。


 次号10月号の特集は「「弱さ」の哲学」を、予定しています。今号もどうぞよろしくお願いいたします。 (T)



〇投稿はすべて新人賞への応募原稿として取り扱わせていただきます。なお原稿は返却いたしませんので必ずコピーをとってお送りください。


〇創作合評は休載いたします。

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