「群像」2021年9月号

文字数 1,985文字

編集後記は、文芸誌の裏方である編集者の顔が見えるページ。

このコーナーでは、そんな編集後記を選り抜きでお届けします。

「群像」2021年9月号より

 今月巻頭は、村田喜代子さんによる新連載「新「古事記﹂an impossible story」。第二次大戦下のアメリカ、どの州にも属さない「Y地」と呼ばれる研究所がある街で物語が始まります。


◎先日群像新人文学賞の当選作となった『貝に続く場所にて』が、第165回芥川龍之介賞を受賞しました。デビュー作にして芥川賞というのは、「群像」では諏訪哲史さん『アサッテの人』以来のこと。受賞を記念して石沢麻依さんに「15の問い」を投げかけてうかがいました。


◎小特集は「翻訳と」「戦争の」。それぞれ別々に動いていたものですが、同じ月に同居すると、不思議な重なりやジャンル横断がいたるところに。巻頭の村田さんの小説もそうですが、こうした「意図しないリンク」が同じ号の中で絡まり合うことは、雑誌の醍醐味だと思います。


◎「翻訳と」は、「群像」で論点やエッセイを発表してきたジョン・フリーマンさんの詩を5篇、柴田元幸さんに訳出・解説いただいた創作に始まり、阿部大樹、辛島デイヴィッド、斎藤真理子、関口涼子、築地正明、古市真由美、古屋美登里各氏に、翻訳にまつわる批評/エッセイを。結びは6月にヘンリー・ジェイムズ『ロデリック・ハドソン』を文芸文庫で新訳刊行した、翻訳歴60年の行方昭夫さんの、平石貴樹さんによるインタビューという充実のラインナップ。


◎「戦争の」は、映画『日本のいちばん長い日』を軸にした川崎徹さんの創作、木村朗子、久保田智子、諏訪部浩一各氏による批評/エッセイが続きます。井上亮さんによる保阪正康さんインタビューでは、「戦争」を中心に半藤一利さんと立花隆さんのお話を。あ、ここにも川崎さん創作との偶然が。


◎一昨年から不定期で掲載されてきた松浦理英子さんの連作「ヒカリ文集」が完結。


◎李龍徳さん一挙掲載「石を黙らせて」は、野間新人賞受賞後第一作。許されざる罪を犯した男を描く問題作です。


◎ノンフィクションは、石戸諭さん「視えない線の上で」の「長いエピローグ」。これまで掲載されてきたものを集めた単行本はこの秋刊行予定です。


◎批評は樫村晴香さんの読み切り「タルコフスキーの〈奇跡〉」と、三浦哲哉さんによる「『ドライブ・マイ・カー』の奇跡的なドライブ感について」。『ドライブ・マイ・カー』は、カンヌ映画祭で脚本賞を受賞しました。


◎articleでは、生粋のベイスターズおよび野球ファンである高山羽根子さんに、今年前半のMLBとNPBを回顧してもらっています。〝大谷さん〟はどこまでいくんでしょうか。


◎消えつつある「あの時代の韓国」へのメモワール、四方田犬彦さん「戒厳」が最終回を迎えました。◎「DIG」では、山野弘樹さんが清水幾太郎『本はどう読むか』を取りあげています。

 

 機会があって久しぶりに宝塚歌劇を観劇しました。月組公演「桜嵐記」は、南北朝時代、楠木正成の遺児三兄弟の物語。コロナ禍で困難な状況においての組子の皆さんによる真に迫る演技も素晴らしかったし、何より上田久美子さんの演出と構成が見事でした。戦争中大いに利用された「忠国」や「散華」の美しさといったことへの「批評性/視線」が、たしかに含まれていたように感じました。開催に至った五輪もそうですが、文化やスポーツは、「政治や状況」に大きな影響を受けます。私がいつも思い出すのは、1992年のサッカー欧州選手権で、大好きで優勝候補だったユーゴスラビアチームが、内戦の影響により大会参加資格を剝奪されたこと。もちろん当事者には及ぶべくもありませんが、あの時感じた無力感は忘れられません。文化やスポーツは政治や状況とはっきり区別するべきですけれど、むしろ強く結びついているのが現実です。個人にできるのは、つねに大枠ではなく個々の事象として、単色ではなくグラデーションとして見る/思考する、ということからかもしれません。


 次号10月号からは三号連続で、「創刊七十五周年」記念特集を企図しています。お楽しみに。今月もどうぞよろしくお願いします。 (T)


〇本誌掲載、単行本化された古川日出男さん『ゼロエフ』が、「Yahoo!ニュース|本屋大賞 2021年ノンフィクション本大賞」にノミネートされました。

〇投稿はすべて新人賞への応募原稿として取り扱わせていただきます。なお原稿は返却いたしませんので必ずコピーをとってお送りください。

〇諏訪部浩一氏、保阪正康氏、鷲田清一氏の連載は休載いたします。


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