「群像」2023年4月号

文字数 1,570文字

〈危なかったなあと思います。書くというこんな楽しいことに出会えない可能性だってたくさんありました。私には嫌だと思うことが多いです。嫌というか怖いとも言えるかもしれないです。思い出とかあったことを忘れていくのが怖いし、人と人とが争うのが怖いし、自分から遠くのものは小さくしか見えないし聞こえないのが怖い。若い世代に期待をして自分は何もしなさそうなのが怖い。かろうじていまここに立っているような不安定さで生きてるっていうことが、怖い。そういう怖さに抗うために、文章を書いているんだと思いますし、これからも一生懸命書いていきます〉


 芥川賞の贈呈式での井戸川射子さんによる素晴らしいスピーチの一部です。うなずきながら、井戸川さんの言葉に「〇〇が怖い」と継いでいる自分がいました。不安で、不安定な生。昨年の贈呈式で砂川文次さんが戦争への「怒り」を表明したとき、1年後、こんなにも明確に、そして不透明に戦争が続いているとは。忘れていくのが怖いです。だから私も、抗うために文章を読み、得て生まれた言葉を口にしていこうと思います。


 巻頭創作は、金原ひとみさん「ウルトラノーマル」。フェスティヴィタ池尻大橋店のことはもう他人事とは思えず、常連になったような気でいます。


◎特集は「テックと倫理」です。円城塔さんと宮内悠介さんに創作を。工藤あゆみさんのかわいくてユーモラスな短篇集は、昨年の「「弱さ」の哲学」につづいての登場。批評は伊勢康平さん、江間有沙さん、戸谷洋志さん、枇谷玲子さんには批評をお願いしました。ひとくちに「テック」といってもその裾野は広く、多岐にわたっていますが、それぞれ考えるきっかけに満ちた文章をいただけました。このテーマ、今後も誌面で深めていきます。


◎今年もまたひとつ、カウントされました。「震災後の世界12」では、久保田沙耶さん、瀬尾夏美さん、髙橋若菜さんに原稿をいただいています。


◎単行本化された、松浦寿輝さん『香港陥落』と星野太さん『食客論』をめぐり、おふたりによる対談「書くことの味わいをめぐって」。


◎本誌掲載作品を集めた『ごっこ』の刊行を記念して、「小特集・紗倉まな」を。「蟹ブックス」の花田菜々子さんによるロングインタビューと、紗倉さんによる特別エッセイ「その恋愛がことごとくうまくいかないのは」をあわせて。


◎今月の「論点」は、ジェレミー・ウールズィーさん「「事実の時代」の考古学」。


◎新連載「本の名刺」がスタート。新刊の著者に文字通り本の「自己紹介」をしてもらう企画。今月は石田夏穂さんと高山羽根子さんです。


◎三木那由他さんに、『作りたい女と食べたい女』の「レビュー」を寄稿していただきました。


◎武田砂鉄さん「「近過去」としての平成」と、村田喜代子さん「新「古事記」an impossible story」が最終回を迎えました。それぞれ今年単行本化予定です。


◎コラボ連載「SEEDS」は、槇野沙央理さん「「私の他者」の生成―ウィトゲンシュタイン的アプローチ」。


 加賀乙彦さんが逝去されました。毬矢まりえさん/森山恵さん、矢代朝子さんに追悼文をいただいております。謹んでお悔やみを申し上げます。今号もどうぞよろしくお願いいたします。 (T)



○本誌に掲載・単行本化され、現在講談社文庫となっている、川上未映子さん『すべて真夜中の恋人たち』が、全米批評家協会賞(小説部門)の最終候補にノミネートされました。


〇投稿はすべて新人賞への応募原稿として取り扱わせていただきます。なお原稿は返却いたしませんので必ずコピーをとってお送りください。


〇安藤礼二氏、石戸諭氏、大澤真幸氏、川名潤氏、堀江敏幸氏、皆川博子氏、鷲田清一氏の連載、創作合評は休載いたします。

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