テーマパークと「ジオ」の知/谷頭和希

文字数 2,380文字

文芸誌「群像」では、毎月数名の方にエッセイをご寄稿いただいています。

そのなかから今回は、2022年10月号に掲載された谷頭和希さんのエッセイをお届けします!

テーマパークと「ジオ」の知


 今年の二月に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』という本を出版した。そこで私は、一見「どこでも同じ」と思われがちなディスカウントストア、ドン・キホーテが、その土地によって異なる姿を持つことを指摘した。チェーンストアといっても、その立地条件の影響を強く受けるのである。そもそも人間の文化や都市はそれ単体で存在することができず、必ずそれが立つ地理環境の影響を強く受ける。中沢新一は、人間の文化や都市を大地との大きな連関の中で捉える思考を「ジオ」(geo:「地理」を表す英語の接頭辞)の知と呼んでいる。私の本は、チェーンストアをジオの知という観点から考えたものだともいえよう。


 ジオの知を携えて考えたいのが、テーマパークだ。


「ある一つのテーマで園内の景観や乗り物、ショップが統一されている施設」。テーマパークの定義をざっと書くとこのようになろうか。世界中の人にもっとも馴染みがあるテーマパークがディズニーランドだろう。創設者であるウォルト・ディズニーは、その園内を徹底的に作り込んで、訪れた人がパークの世界観に没入できるようにした。ディズニーランドの中からは外の風景が見えないようになっていて、それによって私たちはディズニーの世界に浸ることができるのだ。こうした特徴もあって、テーマパークは、それが立地する土地と隔離されている場所、つまり、ジオの知が薄い場所だと評価されてきた。


 しかし、それは本当だろうか。私はテーマパークとジオは密接な関係を持つと考えている。一般的にテーマパークの敷地は広い。広いということはそれだけ大地との関わりが深いということである。だからこそ、テーマパークには実は、ジオの影響が強く働いているのではないか。そう考えるとこれまでの評価とは異なるテーマパークの姿が見えてくるのではないか。


 例えば、長崎に「ハウステンボス」というテーマパークがある。このパークはオランダをモチーフにした施設なのだが、その敷地はもともと、江戸時代に干拓された水田だったという。興味深いのは、パークがモチーフとするオランダもまた干拓が盛んであることだ。長崎に突然オランダの街並みが誕生しているように見えて、そこにはたしかにジオ的なつながりがある。ハウステンボスの創業にあたってはジオの知が働いたのだと思えてならない。


 ジオはテーマパークの経営にまで影響する。一九九七年に富士山麓の富士ヶ嶺地区に誕生した「富士ガリバー王国」はジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』をテーマにしたテーマパークだった。パークの中心には巨大なガリバーの像が横たわっていて、その向こう側に富士山が大きく見えたという。しかし、その景観がガリバー旅行記の雰囲気に合わず、客足は遠のいていった。さらに悪いことに、パークの近くには、かつてオウム真理教のサティアンがあった。パークができたときにサティアンは無かったが、そのイメージもあって入園者は減り続け、結局四年ほどでパークは閉園してしまう。日本のちょうど中心にあって霊性と関わりの深い富士山の土地性ゆえ、富士山麓には多くの宗教施設が集まっている(原武史『地形の思想史』)。サティアンもその一つだった。ガリバー王国は、富士山麓というジオとうまく付き合えず、ジオの知がなかったから閉園したのである。


「富士ガリバー王国」が閉園した二〇〇一年。日本にまた異なるテーマパークが誕生した。そのパークはジオの知の巧みな使い手だった。


 それが「東京ディズニーシー」である。先に、ディズニーランドでは園内から外の風景が見えないようになっていると書いたが、ディズニーシーはこの原則が守られていない。実は園内のある場所からは、意図的にその外側に広がる東京湾が見えるようになっている。ディズニーシーは「海」をテーマにしており、むしろ園内の風景の延長として、東京湾を利用したのだ。ここに、土地とうまく渡り合うジオの知の巧みさがある。


 東京ディズニーランドが基本的にはアメリカのディズニーランドを踏襲するように作られたのに対して、東京ディズニーシーは日本でディズニーパークを運営する株式会社オリエンタルランドの意向も多く取り入れられて作られた。そのためか、ディズニーシーはディズニーランドに比べると、どこか日本的な風土を感じさせる作りになっており、そもそも「海」というテーマ自体、島国である日本と親和性が高いといえるだろう。さらに興味深いのはディズニーシーの中心にそびえるのが「火山」だということである。中心にそびえる火山、そう、これは富士山のメタファーである。ディズニーシーでこの火山を眺めるとき、我々は無意識に日本のジオを想起する。東京ディズニーシーは、日本にとって最大のジオ的ランドマークをさりげなくパークの中心に配置することによって、私たちのジオに対する感性を満足させているのではないか。ジオの知とテーマパークを考える上で、東京ディズニーシーはあまりに興味深い。


 こんなわけで、ジオの知を捉えることで、テーマパークに対する一面的な評価を考え直せるのではないか。そしてそれは、ただ単にテーマパークの考察にとどまらず、人間とそれを取り巻く大地の関係を考えるためのなにか重要な示唆を持つ気もするのである。テーマパークのジオ的考察という作業が次の仕事になるだろうという不思議な確信を、今、私は持っている。

谷頭和希(たにがしら・かずき)

ライター、1997年生まれ。近刊に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』。

2023年2月号「群像」に、論点「テーマパークにダイブせよ!」が掲載されています。

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