『不滅の子どもたち』クロエ・ベンジャミン/わたしたちは死なない(千葉集)

文字数 2,007文字

『読書標識』、木曜更新担当はライターの千葉集さんです。

クロエ・ベンジャミンの『不滅の子どもたち』(集英社)について語っていただきました。

本日の更新で、千葉集さんの担当回は最後となります。

千葉集

ライター。はてなブログ『名馬であれば馬のうち』で映画・小説・漫画・ゲームなどについて記事を書く。創元社noteで小説を不定期連載中。

一九六九年、夏、ニューヨーク。ユダヤ系のゴールド家に生まれた四人の子どもたちがロマの占い師から自分たちの死ぬ日付を告げられます。一番年長のヴァーヤは八十八歳のとき。次子のダニエルは四十八歳のとき。クララは三十一歳のとき。末っ子のサイモンは二十歳のとき。


そこからチャプターごとにひとりずつ、きょうだいたちの生き様が語られていきます。


ゲイであるサイモンは自由に生きられる場所を求め、ゲイカルチャー華やかなりしサンフランシスコへ移り住み、ダンスや年長の黒人男性との恋に情熱を捧げるでしょう。


サイモンとともにニューヨークを脱出したクララはマジシャンとしての成功を夢みて、かなり危険な手品を演目に取り入れています。彼女はやがて恋人のインド系マジシャンとのあいだに娘をもうけ、ショーのためにラスヴェガスへと向かうでしょう。


ダニエルは軍医となり、アメリカ軍兵士を戦地に送るために適性検査を取り仕切っています。ある日、ゴールド一家とある因縁を持つFBI捜査官と知り合い、彼を通じて、きょうだいたちに予言を行ったロマの占い師を探し出そうとするでしょう。


そして、ヴァーヤ。生物学者となった彼女は遺伝子の解析を通じて老化防止の研究に没頭しています。


自らの致命的な運命をあらかじめ知らされながら、人はどう生きるのか。ギリシャ悲劇の時代から存在するこのシンプルなテーマ/セッティングを本書はときに青春小説風に、ときにサスペンス小説めきつつ転がしていきます。全体を通したトーンは一貫しているものの、それぞれ舞台となる土地柄や焦点の当てられるキャラクターたちのディテールが読書のリズムを作り上げていくことでしょう。


人はふつう自分の死ぬ日を知りえません。しかし、人生を後から振り返れば、あれは運命づけられていたな、と思うことも少なくないはず。


本書でもきょうだいたちには、本人たちが意識しないところでさえ、それとなく死の影がつきまといつづけます。背景ではエイズの流行、九・一一、アフガン・イラク戦争、著名なマジシャンたちの悲劇といった歴史的な事柄が流れていきますし、きょうだいたち個人にしても、延命の研究を行っていたり、死の危険を伴うマジックを行ったり、戦争に行く兵士を選別する仕事に関わったりと、命や死にどこか引き寄せられているところがあります。その傾向はきょうだいたちの死が重なるごとに加速していきます。


過去にあった言葉や出来事が未来に指向性をもたせてしまう。劇中、マジックにおける強制(フォーシング)の説明がされる場面がありますが、予言や運命もこれと同じようなものかもしれません。人は過去を意識してしまうことでそちらへひきつけられてしまうのではないか。


そして、本書ではそのそうした未来を左右してしまう過去とは民族的な記憶にも象徴されています。ユダヤ人、黒人、ロマ、アジア系。そこにゲイや女性といったマイノリティの属性も付け加えられるでしょう。


導入こそ怪しげでマジカルですが、読んでみると現実じみて感じられます。それはわれわれを殺す運命とは、実は魔法でもなく、現実にちなんでいると暴き出しているからかもしれません。


かつて、モンテーニュは死の恐怖に立ち向かうためには、死について絶えず考え、慣れ親しむことだと説きました。

「死についてあらかじめ考えることは、自由について考えることにほかならない。死に方を学んだ人間は、奴隷の心を忘れることができた人間なのだ。」

(『エセー』ミシェル・ド・モンテーニュ/宮下志朗 訳)

物語が人間を自由にしてくれるのだとしたら、そこに普段無意識に避けている死への想念を喚起してくれるからかもしれません。


これからも、終わりと仲良くしていきましょう。


そのようにして、この書評も終わります。

【編集部より】

2020年の6月に連載開始し、毎週月曜・木曜更新でお送りしてまいりました「読書標識」は5月6日(木)の本書評と、5月10日(月)の岩倉文也さんの書評をもちまして終了となります。

一年にわたる週刊書評連載を追いかけてくださった読者の皆さま、そして何より千葉集さんお疲れさまでした! 5月10日(月)の岩倉文也さんの書評もお楽しみに。

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