『いかさま師ノリス』C・イシャウッド/友人だと思っていたのに(千葉集)
文字数 1,332文字

今回は『いかさま師ノリス』を取り上げてくれました。
作家。はてなブログ『名馬であれば馬のうち』で映画・小説・漫画・ゲームなどについて記事を書く。創元社noteで小説を不定期連載中。
世間ずれしていない男が胡散臭かったりダメそうだったりする男にやたら振り回される話が好きです。たとえば、イーヴリン・ウォーの『ブライヅヘッドふたたび』もそうした類型の傑作なのですが、そういえばウォーの『ラブド・ワン』の映画版脚本を書いたのがクリストファー・イシャウッドなのでした。
イシャウッドは日本だと小説家としてよりミュージカル『キャバレー』や映画『シングル・マン』の原作者として馴染み深いかもしれません。
イシャウッドにはもうひとつ、映画化された作品があります。2011年のテレビ映画『Christopher and His Kind』です。これは1929年から39年までのベルリン滞在を描いたイシャウッドの回想録を原作としているのですが、元本にはないフィクショナルな脚色としてトビー・ジョーンズ演じる怪人ジェラルド・ハミルトンとの邂逅が追加されています。ベルリン行きの列車に乗っているイシャウッド青年に「タバコの火を貸してもらえませんか」と話しかけ巧みな話術で取り入りつつも、カツラを直す仕草がどこか滑稽なハミルトンーー彼こそが『いかさま師ノリス』におけるアーサー・ノリスのモデルであり、このシーンは本作冒頭部からの引用です。
『いかさま師ノリス』という邦題(原題は Mr Norris Changes Trains)からわかるとおり、読者にとっても主人公のウィリアムにとってもノリスは最初からどこか不審な人物として現れます。交友関係は広いし、人当たりもいい。カリスマ性もある。しかし、頻々に金欠に陥って雲隠れし、どうやら以前には服役していたこともあったらしい。周囲の人間たちにも臭うところがある。
知れば知るほどノリス氏は怪しい。なんとなれば、ウィリアムは物語序盤に友人たちから「ノリスはペテン師だ」と警告を受けます。
それでも、ウィリアムはノリスに盲目的に魅了されます。ときには友人として、ときにはメンターとして。もうほとんど執着しているといっていい。
ある日、ノリスがある事情からベルリンから海外へ逃亡した、と聞かされ、彼は怒りをおぼえます。
「正直なことを言えば、アーサーは自分のものだという思いが多分にあった。私がアーサーを発見した。だから、所有の権利は私にある、と。」
『いかさま師ノリス』p.114
自分だけがその人のことを理解している、自分だけがその人を見つけた、という独占欲。しかし、果たしてその”理解”は真実の姿と一致しているのでしょうか?
ナチス政権樹立前夜の狂騒のベルリン、ウィリアムのイノセンスが失われる瞬間は奇妙に歴史のうねりとシンクロします。

『いかさま師ノリス』クリストファー・イシャウッド/木村政則 訳(白水社)