『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』桜庭一樹/大人になったぼくらは(岩倉文也)

文字数 2,142文字

書評『読書標識』、月曜日更新担当は詩人の岩倉文也さんです。

桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(KADOKAWA)について語ってくれました。

書き手:岩倉文也

詩人。1998年福島生まれ。2017年、毎日歌壇賞の最優秀作品に選出。2018年「ユリイカの新人」受賞。また、同年『詩と思想』読者投稿欄最優秀作品にも選出される。代表作に『傾いた夜空の下で』(青土社)、『あの夏ぼくは天使を見た』(KADOKAWA)等。

Twitter:@fumiya_iwakura

人を形作るのは解決しえないものだとぼくは思う。解決しえないもの。それは言い換えれば、答えのない問いとも呼べるなにかかもしれない。凝り固まり、あるいは際限なく広がり、いかなる決着もつかなかった様々な出来事。思い出。


ふとしたときの親の一言。友人たちの振る舞い。感情のもつれ。自分の奇妙な行動。切れ切れなイメージ。記憶にある多くの出来事には、物語のような伏線もなければ、見事な解決もない。すべては浮遊したまま心の中にわだかまり、ぼくら自身を形作ってゆく。


だからこそ、と言うべきか。ぼくはそうした、解決しえないものに惹かれてしまう。それらはたぶん、永遠の未解決を約束されているからこそ、ぼくらに消えがたい印象を残す。傷跡を、残す。その傷跡を辿ることでしか、人は成長することができない。


『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』に描かれている痛み。この痛みとは一体なんであろう。あらかじめ読者は、冒頭、海野藻屑なる少女の残酷な死を告げられる。山の中腹にて、バラバラ遺体で発見……。そして時は遡り、この少女が、主人公・山田なぎさの中学校に転校してくるところから物語ははじめられる。定められた藻屑の死へと向かって。


藻屑は転校初日、自己紹介で自分は「人魚」だと言い張り、クラスの注目を浴びる。そしてそんな藻屑を、リアリストであるなぎさは冷ややかな目で見つめていた。しかし藻屑は何かとなぎさに絡んでゆき、なし崩し的に二人は交友を深めてゆく。

「彼女はさしずめ、あれだね。〝砂糖菓子の弾丸〟だね」


「なぎさが撃ちたいのは実弾だろう? 世の中にコミットする、直接的な力、実体のある力だ。だけどその子がのべつまくなし撃っているのは、空想的弾丸だ」

なぎさの兄である引きこもりの友彦は、藻屑を評してそう語る。


砂糖菓子の弾丸。これは藻屑の虚言癖もとい空想癖を指した言葉であるが、なにかもっと、重要な意味が込められているように感じられる。


空想とはなんであろうか。空想とは、現実に抗う力だ。自分を取り巻く世界に、世界のある特定の位置に縛られた自分に、別の意味を与える認識。恐らくそれが空想の、最もプリミティブな在り方だろう。


そういった意味での空想であれば、詩人も毎日やっている。詩人は決して、詩的な世界に生きている訳ではない。詩とは、詩人にとって意志である。退屈で、醜く、厭わしい、唾棄すべき現実を、ほんのわずかにでも書き換えるための積極的な認識として、詩はいつも現れる。詩もきっと、世界の側から見れば砂糖菓子の弾丸にすぎないのだろう。


と、こうして書いていて、ぼくは藻屑に共感していたのだと気がつく。ぼくは藻屑の中に、なんていうか、詩人の運命のようなものを予感してしまっている。堪えがたい現実に抗うために空想を語り、砂糖菓子の弾丸を乱射しながら、避けられぬ死へと追い詰められてゆく藻屑を、他人事でなく見つめてしまう。

あたしは顔を両手で覆ったまま、洗濯機に頭を突っ込んで、声を殺して泣いた。藻屑。藻屑。もうずっと、藻屑は砂糖菓子の弾丸を、あたしは実弾を、心許ない、威力の少ない銃に詰めてぽこぽこ撃ち続けているけれど、まったくなんにも倒せそうにない。

子供はみんな兵士で、この世は生き残りゲームで。そして。

藻屑はどうなってしまうんだろう……?

藻屑は死ぬ。それはすでに冒頭で明かされていたことだ。


『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』。タイトル通り、空想では、言葉では、認識では、世界は変えられない。世界とは戦えない。ましてや子供である藻屑たちには、なおさら。


ふと思う。生き残った物書きはみな、藻屑の遺志を継いでいるのではないか? あらゆる敗れ去った空想の、死体を背負っているのではないか?


ぼくらはもう子供ではない。幸か不幸か、この世界に生き残ってしまった。


ぼくらはもう子供ではない。だから戦える。たとえ刀折れ矢尽き、砂糖菓子の弾丸を撃ち尽くしてしまったとしても、世界にかすり傷くらいなら、負わせられるかもしれない。


本作にはいかなる救いもない。そして恐らく、ぼくらの生きる世界にも。


だけどぼくらは、そこから始めねばならない。そこからしか、どんな言葉も、詩も、空想も、生まれてはこないのだ。


本作が語るのは、ぼくらが大人になる以前の、痛みに満ちた神話である。


神話は、今でも続いている。殺された少女の、遂げ得なかった思いを種として。

『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』桜庭一樹(KADOKAWA)
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