『マイ・シスター、シリアルキラー』/私の妹は連続殺人鬼!というお話。(千葉)

文字数 1,983文字

次に読む本を教えてくれる書評連載『読書標識』。

木曜更新担当は作家の千葉集さんです。

ナイジェリアの新星が描くブラックユーモア溢れる一品『マイ・シスター、シリアルキラー』について語っていただきました。

書き手:千葉集

作家。はてなブログ『名馬であれば馬のうち』で映画・小説・漫画・ゲームなどについて記事を書く。創元社noteで小説を不定期連載中。

わたしたちの財布と時間は有限です。その限られた資源からなるべくおもしろそうなものを選ぶとなると、刺激的なコンセプトやあらすじを持つものに傾いてしまいます。「忍者と極道が首チョンパしあうんですよ!」だの「車がモルモットなんですよ!」だの言われたら、サテ見ようかな、って気になるじゃないですか。


『マイ・シスター、シリアルキラー』の場合はこう。「真面目な看護師コレデはうんざりしていた。美貌の妹アヨオラが、今日もまたその彼氏を殺してしまったのだ」。読まないわけにはいかない。


で、キャッチーさに惹かれてページを繰ると見慣れない名前の料理が食卓に供されたり、夫が「離婚だ」と三回唱えれば離婚できる決まりがあったり、モテモテ美女の髪型がドレッドヘアだったり、マヤーフィーなるスカーフをまとった女性が出てきたり、凶事が起こると呪術師のせいにされたり、どこか勝手が違う。


それもそのはずで、舞台はラゴス。ナイジェリアの首都です。ナイジェリアはアフリカでも最大級の経済を擁する国で、主人公姉妹の生活は英米のフィクションに出てくるような若者とさして変わらない。SNSにどっぷりはまって、流行りのファッションに身を包んでパーティーを開く。


見慣れた光景と見慣れない光景が入り交じる地球の裏側で、美人の妹がでてきて連続殺人を犯し、冴えない姉がその尻拭いをするのです。本書はその死体処理のシーンから開幕します。


姉がゴム手袋をはめてうんざりしながら現場を清掃しているかたわらで、妹は膝を抱えて他人事のように眺めている。被害者は妹の恋人。妹が言うには、激昂した相手に身の危険を感じてつい持っていたナイフで刺してしまったらしい。


なぜ、ナイフなど携帯していたのか。これが結構重要なアイテムで、姉妹の父親の形見なんですね。父親はかなり強権的な人物で、家庭内でも畏れられていました。ナイフはその父がお気に入りでたびたび自慢してい逸品。父を象徴するものでもありました。


姉は簡単に殺人を重ねていく妹を、ナイフと重ねます。

それにしてもどこにナイフを隠しているのだろう。わたしがあれを見るのは、すぐ目の前で血を流す死体を見下ろしているときだけ。見かけないときだってある。どういうわけか、あのナイフを手にしなければ、刺すつもりにならないのじゃないかとすら思える。まるで殺人を犯しているのはあの子ではなく、ナイフそのものであるみたいに。

ソシオパスめいた素質と誰もが認める美貌を具えた妹は、男たちを魅了しては殺してしまいます。そのうち、姉が片思いしていた勤め先の医者ともただならぬ雰囲気になる。姉は当然、医者に忠告しようとしますが、医者はむしろ妹をいじめるもんじゃない、と姉を悪者扱いしてしまう。そして、ついに、というか、またもや事件は起こります。


犯人も手口も最初からはっきりしてゆるがない。これのどこがハヤカワ・ポケット・”ミステリ”なんだとおもいながら読んでいると、終盤に、ああ、そこがそういえば”謎”だったのよね、とわかる。一種のホワイダニットですね。なぜ妹は”ナイフ”になってしまったのか。なぜ姉は厄介がっているはずの妹を常に視線の中心に置きつづけ、その周辺を探るのか。なぜ姉は……と、これ以上はネタバレですね。


ただ、そうした読み方も結局は本書の模糊とした一部分をつまんでいるだけかもしれません。


分量は200ページ弱。乾いた筆致ですらりと読め、この手のスリラーめいたあらすじにしては展開もキャラも平坦で、淡白に感じられるところもあるでしょう。エンターテインメントの枠ですくい取るにはあきらかに漏れてしまう部分も多い。


ナイジェリアといえば古いところだと『やし酒飲み』のチュツオーラ、近年だとチママンダ・ンゴズィ・アディーチェが有名ですが、そうした作家たちが英米ひいては日本から押し付けられてきたある種のイメージの枠に囚われまいとする軽やかさが、いくぶん新鮮に映ります。それもまたレッテルであり、オリエンタリズムなのでしょうか。しかし、買って読む方は、結局ラベリングやパッケージに頼るほかはないのですけれど。

『マイ・シスター、シリアルキラー』オインカン・ブレイスウェイト/粟飯原文子 訳(早川書房)
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