第30回/努力とセンスの違いの残酷さ

文字数 2,267文字

こちらはインターネットに生息するふしぎないきもの・にゃるらがインターネットと独り暮らしとそれ以外について深夜に執筆している画像付きエッセイです。→@nyalra


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 創作において「努力」と「センス」の違いは残酷だと感じます。


 シェアハウスに住んでいた頃、小説家志望(いちど賞をとって商業誌に短編が掲載されたことがある)の方が落ち込んでいた時期があって、自らを鼓舞するように「俺って(小説を)がんばったよなぁ……」と呟いていたことに反応し、別の住人が「小説ってがんばったとかじゃないよね」とぼそっと漏らした事件があったんです。


 彼はけっして皮肉や悪口を言ったわけでなく、あまりに正直なタイプの人なので、ただ相手の言葉に対して率直な意見を述べただけなんです。本当に自然に本音がぽろっと出たのでしょう。言っていることはまったく間違っていない。が、やはりそんな事実を急に突きつけられたらギョッとするでしょう。聞いていた僕も「おぉ……」とビックリしましたもん。


 そう、創作って「がんばったから評価される」ものでは無いんですよね。そもそも商業ラインに載っている時点で、みんなある程度は頑張っている・または頑張ってきた作家たちでしょうし。『はじめの一歩』のセリフを借りるなら、「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる」です。大前提として努力があるわけだから、「がんばった」は読者やユーザーからの評価には大きく反省されない。


 あまり気合を入れすぎていない時の方が反応が良かったりするし、逆にめちゃくちゃ拘りすぎたせいで雁字搦めになってよくわからないモノへ仕上がったりもする。ある程度、客観視できる能力が努力と別に必要で、そういった塩梅を理解する能力を「センス」と呼ぶのかもしれません。


 つまり、「俺はがんばったけどなぁ」と言ったことを肯定してしまった場合、案に「頑張っているけどセンスがない」ことを認めてしまうわけである。であれば「小説ってがんばったとかじゃないよね」と感想は助け舟でもある。そこまで想定して言ったかはわからないですけど。


 センスというのは大変難しい。生まれ持った時点でなぜか鋭い感性を持っている人間もいれば、めちゃくちゃ頑張っているのにどうしてもダサくなってしまう者もいる。小説のフィールドだと判別しづらいですが、漫画だとわかりやすい努力の象徴としての画力以上に、コマ割りや台詞回しなどのセンスと迫力が魅力の作家はごまんといるわけで。むしろ努力以上に重要なステータスでもある。しかし、感性なんて曖昧な概念を誰も数値化できないわけで、それをどう磨くか伸ばすか、それが本当に自分に足りないのかすらわからない。とても残酷なことだ。


 なんなら画力や文章力は、「努力」によって確実に手に入る。が、時間やお金ではけっして手に入らない「センス」の方はどうすればいいのでしょう。これはもう才能の領域なのか?


 しかし、僕ら人間には学習するという能力が備わっている。パターン学習だ。とにかくたくさんの作品を知り、多くのことを体験することで、なにが面白いのか・心を動かすかなどの「パターン」を身をもって理解していく。そうして蓄積したパターンを組み合わせていく取捨選択は、才能がなくても大量の知識と経験によってカバーできるはず。こうしてできるだけ知を得ることも努力と言われればそうである。どう換骨奪胎するかはセンスだけれど。なので、努力のなかには実は創作に向き合った時間とは別に「他の作品や体験のなにが面白いのか」を無限に取り入れて咀嚼していくことも必要であり、これが「面白いもの」だけではダメで、面白くないものまで清濁併せ呑むことで「なにがダメなのか」も吸収するべきだ。


 これが意外と難しい。いっぱい漫画を読む・アニメを観ることを努力と認識できない人も少なくないからだ。そういった過程を除いて自作にだけ向き合うことだけを「努力」としてしまうと、客観視できてないものが生まれるのではないか。そうなると創作って今まで自分が見聞きしたものの総合であって、ある意味では創作に身を捧げるのなら生きること自体が努力とも言える。


 ともすれば「小説ってがんばったとかじゃないよね」は、真理すぎて残酷ながらも的を射ている発言だ。蓄積された「面白いもの・そうでないもの」のパターンが多種多様な人物であれば、特に本人はがんばったつもりはなくともセンスという形で発揮されたパターン学習の力によって斬新なものを作れてしまうから。なら、創作に関して「がんばった」かどうかはわかりやすい評価軸のひとつにすぎず、本質ではない。


 ということを、あの日の衝撃的な会話からずっと考えていたりする。けっして創作は「がんばったかどうか」で判断するものじゃないことは、わかっては居るもののあまり口に出してはっきり言ってもらえないから。


 ……まぁ、シェアハウスの住人同士の気軽なコミュニケーションにおいて、そんな厳格な言い方する必要はまったくないんですけどね。そういった各人の不器用さも含めてシェアハウスってすごい環境ですよね。

【食器類】


シャロちゃんの「心が鎮まるハーブティーよ」のセリフが好きで、暖かい紅茶によって心を鎮めるために棚や食器に拘ってみました。

けれども、僕には嗅覚がないので、香りまで含めたお茶の魅力を真に理解することはできず、所詮はシャロちゃんの真似事にすぎないですけどね

来週も月曜深夜に更新予定です。それでは、おやすみなさい。

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