第3回/孤独のメリット

文字数 1,816文字

こちらはインターネットに生息するふしぎないきもの・にゃるらがインターネットと独り暮らしとそれ以外について深夜に執筆している画像付きエッセイです。→@nyalra


第1回はこちらから

 「孤独」のデメリットは、シンプルに他者との繋がりが薄くなるに連れ、精神が病んでいくことにあるわけですが、実は「独り」であることはたくさんのメリットもあるのです。福本伸行先生の名作『無頼伝 涯』も、「孤立せよ……」から始まりますからね。


 基本的に、人は「独り」であるときに成長するのだと思う。


 創作活動を勉強に精を出している時、あなたは果たして友人たちに囲まれているでしょうか? 違うでしょう。創作や勉強、つまりは努力って、もっともっと地味な道……自室で黙々と本を呼んだり、カタカタとキーボードを叩くことの繰り返しのような、薄暗くて地道な作業でしかない。いや、つねに家族や友人・恋人がそばにいたり、作業通話で他人と繋がっている人もいるかもだけど……! それは僕の想像の範囲にない人たちだから……!


 僕は、インターネット上で毎日エッセイを投稿しているのですが、その行為に対して、読者から「にゃるらさんって普段はチヤホヤされているけれど、日記を書いている時は本当に一人なのが伝わるから好き」と感想をもらったことがあります。その通り。嬉しいことにゲームやエッセイのファンも居て、僕なんかをチヤホヤかまってくれるのだけど、それはそれとして、こうして文章を書いている際はつねに一人。他人がそばに居て文章書けるほど器用じゃないですからね。その「寂しさ」が文章から伝わってくれているのは、とても嬉しいことです。寂しさを背負っていない人間はつまらないから。


 そもそも、僕は沖縄から一人でTOKYOにやってきて、知り合い一人いない「無」の生活で発狂して、他者とつながるためにTwitterアカウントを作成し、さらには「承認」されるために文章を書き始めたのですね。地元でいつまでも友人らとどんちゃん騒ぎして、夜になったら家族が待っている生活なら、わざわざ長文で人生を切り売りしてまで構ってもらう必要ないんだわ。僕は、自身の不義理で唯一の家族である母親すら失ったのだ。しかも、そのショックすらブログのネタにした悲しき承認モンスターだぞ。


 ……だからこそ、こうして講談社からお金をもらいながら、文章を書くポジションにありつけたのです。羨ましいでしょ。これは紛れもなく「孤独」のおかげでしょう。ぶっちゃけ、なにか活動してないと誰も僕なんかに興味持たないのです。じゃあ、せこせこ薄暗い自室でキーボードを叩き続け、いまもオールで友達とカラオケ行ったり、恋人と欺瞞に満ちたキラキラデートコース回っちゃったりしている、あいつらに差をつけていくしかないだろう!


 友人や家族、恋人との交流も経験としてもちろん大切です。が、人が真に成長を覚える瞬間は、必ず一人で地道な努力を重ねているときであると思う。どこまでいっても他者は他者。自分の根っこの部分まで理解されることはあり得ないし、自身の根っこは自身で伸ばす他ない。そのうえで、寂しくなったらたまに人里へ降りてみる。孤独での成長では補えきれない、コミュニケーションを通してこそ得られる養分もあるのだから。でも、それを力に変換するのは帰宅して引きこもっている時だ。

 孤立せよ……! というより、孤独を恐れる必要は無い。一人になってしまったのなら、その時間で思いっきり好きなことをする・見るを繰り返せる。他人といる時は、どうしても「社交」が発生する。社交をしている自分は偽物でしかない。が、自室でひきこもっている間はそんな配慮は不必要。思いっきり、好きなだけアニメを観て、本を読んで、映画に感動して、音楽を鳴らし、やがてはそれらの栄養素がじわじわと身体に吸収され、やがて大輪の花となる。


 孤立せよ……! 一人で考えすぎて病まないくらいに、ちょうどいい具合に孤立せよ……! 「ちょうどいい」が一番難しいが、人生それくらい理不尽だから仕方ない。孤立せよ……!

【リボルテックの仏像群】

仏教的な「無」に浸る時に眺めているカッコいい仏像たち。遊びに来た人がたいていビビる。多腕って憧れますよね。一目で「人間とは違う神聖な上位存在」であることがわかる。深夜になると、必ず彼らの前で瞑想する習慣があります。

来週も月曜深夜に更新予定です。それでは、おやすみなさい。

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