『犬笛』/西村寿行

文字数 1,592文字

イラスト/国樹由香
二匹の保護犬と暮らす、漫画家の国樹由香さんが、そのあふれんばかりのわんこ愛をそそぎ、紡いでくださる大好評連載「いつも犬(きみ)がいた」

同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い小説」をネタバレなしで紹介してくださる連載第3回目は、西村寿行著の『犬笛』です!

 犬が活躍する小説といえば、西村寿行氏の作品は外せません。今回ご紹介する『犬笛』(光文社文庫)も作者の犬愛が炸裂しています。


 巨大商社の国際的な陰謀に巻き込まれ誘拐された7歳の娘を、父親と愛犬が執念で探す物語。

 娘の良子ちゃんは、犬にしか聞こえない犬笛(ゴールトン・ホイッスル)の音を聴き取れる超感覚の持ち主。その能力がこの物語のキモとなります。


 父の秋津は普通の会社員ですが、娘を助けたい一心で無謀な行動をとるため、読んでいるこちらはハラハラしどおしです。

 しかも未確認のまま「娘は殺された」と決めつけ、だから「妻が正気でいられなくなる」と思い、あげくに「報復してやる」という恐ろしい思考回路の秋津。

 終始殺伐とした展開に安心感を与えてくれるのは愛犬・鉄(テツ)の存在でした。


 鉄は雑種犬ですが、秋津に仕込まれ猪との修羅場をくぐり抜けてきた猟犬でもあります。

 鉄に対する秋津の信頼と愛情は厚く、こんな窮地においても愛娘と愛犬のどちらも同じく大切に思っていることが伝わってくるのでした。


 その点がゆるがないことを心にとめておかないと、犬好きには心臓に悪いシーンだらけです。鉄がついに殺られたのかと思いきや、意外に大丈夫だった! の繰り返し。

 辛いと思いますが本は閉じず、並々ならぬ犬好きの西村寿行氏を信じて読み進めてください。


 1976年の作品ですから、時代なのでしょう。登場する女性たちは性格こそ違えど、それぞれがとても弱く、愚かさゆえに男たちに陵辱されたりもします。

「それどころじゃない今、そのシーン入れます!?」

とツッコミたくなるほど突然エロスが入ったり、TVのニュース番組も人権無視がはなはだしかったり。コンプライアンスが騒がれる令和にはありえない展開です。


 令和にありえないといえば、巨大商社の国際的な強さもです。せつないですが、最近の日本はビジネスにおいても元気がないと言われがちです。まさに盛者必衰の理をあらわす。今の若者に盛者の時代を知ってもらうには最適の物語かもしれません。


 ハリウッド映画ばりのめまぐるしいアクション、スケールは加速し国際問題にまで発展しそうになります。最後のページに辿り着くまで、息もつけません。


 そんな激しい物語は香港のカンフー映画ばりにスパッと終わります。「終劇」と入れたくなるほどに。エピローグなしに書き切る潔さ、乾杯したくなることうけあいです。


イラスト/国樹由香
国樹 由香(クニキ ユカ)

漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著のメフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。


公式ツイッター→https://twitter.com/kunikikuni
公式インスタグラム→https://www.instagram.com/kunikikuni/

♡国樹由香さんの愛犬さんたちのアルバム♡
金時(きんとき)

黒白のMIX犬/10歳/甘えん坊なシャイボーイ

「真夏はネッククーラー必須です」

柑奈(かんな)

茶色のMIX犬/8歳/自由に生きるおてんば姫

「暑さにも強い元気っこ」

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