『アンジュール ある犬の物語』/ガブリエル・バンサン

文字数 1,832文字

イラスト/国樹由香
二匹の保護犬と暮らす漫画家の国樹由香さんが、そのあふれんばかりのわんこ愛をそそぎ、紡いでくださる大好評連載「いつも犬(きみ)がいた」

同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い本」をネタバレなしで、素敵なイラストつきで紹介してくださいます。

第16回目の今回は、ガブリエル・バンサンの『アンジュール ある犬の物語』です!

 犬好きならば書店で一度は手に取ったことがあると推測するのが、ガブリエル・バンサン作『アンジュール ある犬の物語』(ブックローン出版)です。いわゆる絵本ですが、普通の絵本ではありません。

 この本の表紙絵を見たとき、私は不安でなりませんでした。明暗どちらに着地する物語なのか、全くわからなかったからです。絵の犬は今にも泣き出しそうな表情をしており、明らかにしっぽは下がっています。

 それでも買わずにいられないほど、鉛筆の大胆なタッチで描かれた犬は魅力的で。私は一目で心奪われてしまいました。
 いっさい文字はなく、そして色もなく。感情に任せて描きなぐったような鉛筆デッサンのみで物語は進みます。

 衝撃的なイントロにショックを受けるかたは多いでしょう。犬に対する人間の身勝手さがありありと描かれています。たまらなく惹かれて購入したはずの私も、本を読むのをやめてしまいたくなるほどでした。

 ですが、雄弁に語ってくれる素晴らしい絵にあらがえず、ページをめくり続けます。
 それこそ「絵を見る」だけならば数分でラストまで辿り着くのに、この本はそれを許してはくれません。

 犬はすごい速さで走るし、疲れたら休むし、とぼとぼ歩くし、遠吠えもするのです。道は果てしなく、空は大きく、日は暮れてゆくのです。そんな様々な表現を鉛筆だけで。なんという才能でしょうか。

 1ページずつ、ゆっくりじっくり味わい、余白の風景を想像します。数分どころか1時間経っていることも。シンプルな画面にこの情報量。絵を描く者のはしくれとして、心から尊敬してやみません。

 モノクロの無声映画のような絵本と言えますが、このリアルさは何なのだろうと今回改めて考えてみました。
 そこで思ったのです。犬目線でセリフがないからこそのリアルさなのだと。犬は人間語で話しかけてはくれませんから。

 私は現在2匹の犬たちと暮らしており、歴代犬も含めると5匹全員が保護犬です。そんなわけありの犬たちは心を開いてくれるのに時間がかかる場合があります。
 そんなとき何度も「うちの子になって幸せ?」と訊いてしまうのですが、物言わぬ彼らが「うん、幸せだよ」と表情で答えてくれる瞬間が確かにあるのです。

 この本にそれと同じものを感じました。ラストページで犬はしっぽを立てています。さまざまな解釈が可能なシーンですが、私はハッピーエンドだと信じています。

 ところでタイトルにある「アンジュール」は犬の名前ではありません。フランス語の原題が『UN JOUR, UN CHIEN』で、直訳すると『ある日、ある犬』でしょうか。これを勘違いされているかたは多いかと。
 もちろん私も購入時は「アンジュールって素敵な名前」と思っていました。後日調べて判明したときの驚きときたら。

 というわけで、クリスマスプレゼントにおすすめの本第2弾でした。全ての犬たちにあたたかなクリスマスが訪れまように。


イラスト/国樹由香

国樹 由香(クニキ ユカ)

漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著のメフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。


公式ツイッター→https://twitter.com/kunikikuni
公式インスタグラム→https://www.instagram.com/kunikikuni/

12月の国樹さんの愛犬たち★
金時(きんとき)
黒白のMIX犬/10歳/甘えん坊なシャイボーイ

「我が家の12月その1。犬と暖炉」

柑奈(かんな)
茶色のMIX犬/8歳/自由に生きるおてんば姫

「我が家の12月その2。犬とクリスマスツリー」

こちらもぜひ!

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色