『助手席のチェット』/スペンサー・クイン
文字数 1,833文字
同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』で第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い小説」をネタバレなしで紹介してくださる連載の第6回目は、なんとびっくり犬目線! スペンサー・クインの『助手席のチェット』(創元推理文庫)です!
犬の気持ちが知りたい。犬好きならば誰もが夢見ることです。そんな夢を実現させてくれた物語がこちら。スペンサー・クインの『助手席のチェット』(創元推理文庫)です。
リトル探偵事務所のバーニー・リトルは腕利きの私立探偵。でも、離婚で元妻に事務所の権利を半分取られるし、愛する息子とはたまにしか会えない。養育費の責任ものしかかり、懐は常に寂しい状態でした。
さえない日々を重ねるバーニーを、心から信頼し相棒として側にいてくれるのが、40キロを超える雑種犬チェット。バーニーいわく「チェット・ザ・ジェット(黒い弾丸犬チェット)」。このお話、なんと全編が犬視点で語られているのです。
チェットは警察犬の訓練を受けているので、基本的にとても賢いです。とはいえ依頼人が大切な話をしているときも、食べ物の気配に気が散ることしばしば。テーブルの下に落ちているものを見つけては、ちゃっかり拾い食いをしたりします。
「壁ぎわにポテトチップスが落ちているのを発見したので、早速いただいた。波形になった、ぼくの好みのタイプだった」
という感じ。犬と暮らしたことがある人なら「ああ、そうか。絶対当然の権利と思って食べてるよね」と納得してしまうほど、犬の行動が犬らしくいきいきと表現されているのです。
単独行動中に怪我を負ったとき、人間に「刃物でやられたのね」と言われても「ハモノ?」と思うチェット。犬だから知らない言葉は沢山です。
しかも「本物(コーシャ)だろうな」というやり取りを聞いて「コーシャ。最高にうまいチキンのことだ」と勘違いを。この手の都合のいい思い込みが何度も出てきて笑ってしまいます。
更にチェットはTVで数えきれないほど観た『バスカヴィル家の犬』が大好きという愉快さ。つい魔犬と一緒に遠吠えしては、バーニーに注意されるのでした。実際TVにつられて吠える犬は多くいますから、これも実にリアル。
チェットは毎日大好きなバーニーと過ごせることが幸せで、多くを全く望みません。チェットは自分の匂いが1番好きで、バーニーの匂いが2番目に好きというのにも胸がきゅんとしました。
犬は鋭い嗅覚で相手の人柄をも見抜きます。悪人は不快な匂い。バーニーは「リンゴとバーボン、塩と胡椒が混じっている」匂いだそうで、彼の私立探偵らしさまでも伝わってきます。
チェットの楽しい語りで進みながらも、女子高生誘拐事件の捜査から始まった事件は思いのほかおおごとになり、バーニーもチェットも窮地に陥ります。あくまでも「犬は犬」なので、チェットだけが見た犯人に至る事実をバーニーに伝えられないもどかしさに、読みながら歯噛みを。
ですが、1人と1匹の絆はそれはそれは強いものでした。見事に力を合わせて戦い抜いた彼らに拍手を。犬の特性を最大限に発揮するシーンは胸がすく思いがしました。
チェットの口癖「この話は前にもしたかな?」が大好きだから、何度でも私たちにお話し聞かせてね。
漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著の『メフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。
公式ツイッター→https://twitter.com/kunikikuni
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♡国樹さんの御宅の愛犬ご紹介!♡
黒白のMIX犬/10歳/甘えん坊なシャイボーイ
「甘えっこ、その1」
茶色のMIX犬/8歳/自由に生きるおてんば姫
「甘えっこ、その2」