『山の郵便配達』/彭見明(ポン・ジェンミン)

文字数 1,692文字

イラスト/国樹由香
二匹の保護犬と暮らす、漫画家の国樹由香さんが、そのあふれんばかりのわんこ愛をそそぎ、紡いでくださる大好評連載「いつも犬(きみ)がいた」

同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い小説」をネタバレなしで紹介してくださる大好評連載の第8回目は、彭見明(ポン・ジェンミン)『山の郵便配達』です!

 ひと目見ただけで気になるタイトルってありますよね。
 今回ご紹介する彭見明(ポン・ジェンミン)の短編集『山の郵便配達』(集英社文庫)がまさにそれで、思わず手に取ってしまいました。味わいのある装画も素敵でしたし。

 表題作はタイトルの印象だと「熊が山の仲間に手紙を配達する」的な可愛い童話のようにも思えるけれど、実際は山岳地帯の過酷なルートを3日かけて歩き、郵便を届けることを生業としてきた郵便配達員の老人が主人公。
 我々日本人が知らない、改革開放が始まり鄧小平の主導のもと市場経済の発展を目指していた80年代の
中国の暮らしや風景が、誠実な筆致で描かれています。

 老人は職業病と言える膝の病に悩んでいます。治したい一心であらゆる方法を試すのですが、その中に「犬の肉を食べてみれば効くかも」とあるのです(そして食べる)。
 これは文化の違いなので、納得して読み進めたことを、先に記しておきます。

 重い郵便袋をかつぎ、石で滑る狭い道を通ったり、橋のかからぬ冷たい渓流に入って川向こうに渡る日々。ただひたすら、手紙を楽しみに待つ人々のために。

 そんな厳しい道行きの相棒は大きな茶色の犬でした。老人と犬の絆は深く、健気な犬の行動に胸を打たれます。

 ところがこの犬、名前が出てきません。作品中ずっと「犬」です。でもよく考えたら、主人公も名前が出てこないのです。老人は郵便配達員であり「父」。その父の「息子」。

 事情をわかりやすくお伝えしたくて前後しましたが、このお話は上記の事情で引退するしかない父が、息子に仕事を引き継ぐ日から始まります。1人と1匹でさんざん歩いたルートを教えるため、2人と1匹で進んでいく描写がたまりません。


 淡々と綴られる2人の会話には現在過去未来すべての時間への思いが溢れており、読んでいる私まで目頭が熱くなってきます。
 現代日本において、父と息子の人生がここまで交わることはあるのだろうかと真剣に考えてしまいました。

 ラストに向けて静かに盛り上がっていくストーリー。1番大切なシーンは犬に託されました。
 こんなにも余韻がある美しいラスト1行が読めるなんて。

 この小説は映画化されており、それがまた素晴らしいのです。監督さんの意向なのかわかりませんが、犬には最高の名前がついています。

 映画をご覧になられたかたは、私のイラストを見て「こんな犬じゃなかった」と思われるかもしれません。あくまでもこちらは私が読んで頭に浮かんだ犬の風貌です。

 そんなことをふまえつつ、小説で楽しみ、映画でまた楽しんでください。全年齢におすすめ出来る珠玉作です。

イラスト/国樹由香

国樹 由香(クニキ ユカ)

漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著のメフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。


公式ツイッター→https://twitter.com/kunikikuni
公式インスタグラム→https://www.instagram.com/kunikikuni/

国樹さんのおうちの愛犬2匹、家族旅行に行きました!

金時(きんとき)
黒白のMIX犬/10歳/甘えん坊なシャイボーイ
「かぞくでりょこうにきたんだ」

柑奈(かんな)
茶色のMIX犬/8歳/自由に生きるおてんば姫
「ひろいおにわであそべるの」
こちらもぜひ!

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