『まぼろしの小さい犬』/フィリパ・ピアス

文字数 1,892文字

イラスト/国樹由香
保護犬と暮らす、漫画家の国樹由香さんが、そのあふれんばかりのわんこ愛をそそぎ、紡いでくださる大好評連載「いつも犬(きみ)がいた」

同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い本」をネタバレなしで紹介してくださいます!

大好評連載の第44回目は、『トムは真夜中の庭で』で有名なフィリパ・ピアス『まぼろしの小さい犬』です!

 子どもの頃から動物が大好きでした。当時流行っていた海外ドラマの影響なのか、特に犬と暮らしたくてたまらず、必死で両親に訴えたことを今でもよく覚えています。
 優しい母は味方してくれましたが、大変厳しかった父は、後先も考えず犬をねだる私に「ちゃんと世話が出来るわけないから、絶対に駄目だ」と一蹴。

 犬と暮らす夢が叶ったのは大人になってからでした。なんと祖父母の犬を譲り受ける形で。
 祖母が名付けたシロという犬は、その名の通り白くて大きくて耳が垂れた優しい雑種。私が結婚するときはシロと離れるのが寂しくて泣いたくらい、憧れていた犬との暮らしは楽しかったです。

 結婚してすぐ、ボランティアさんを通じて我が家にやって来たのが小太郎(通称こた)でした。
 殺処分寸前だったため時間がなく、事前にその姿を確認することも出来なかったのですが、心の中で「白くて大きくて耳が垂れた優しい犬でありますように」と祈りました。
 はたして小太郎は「黒くて小さくて耳が立ったクールな犬」だったのです。のちにその小太郎が世界で一番大切な家族となり、国樹が犬漫画を描き始めるきっかけになるとは夢にも思いませんでした。

 私にはそんなストーリーがあります。だからこそ今回取り上げたィリパ・ピアス作『まぼろしの小さい犬』(岩波少年文庫)は心に響きまくりで、苦しいほど。

 ロンドンに住む主人公のベンは、犬をどうしても飼いたいと夢見ている少年です。5人姉弟の真ん中で、家庭でも孤立を感じているぶん尚更。
 祖父母宅でのおじいさんとの何気ないやりとりで、誕生日に本物の犬をプレゼントしてもらえると思い込み、わくわくとその日を待っていました。あれこれ犬種を想像しながら。
 なのに、誕生日に届けられたのは「額に入った小さな犬の刺繍絵」でした。失望するベン。絵の裏には犬の名前と思われる「チキチト チワワ」という文字が。

 一旦はおじいさんを恨みますが、心根が優しい少年なので、表面上は今までどおり接します。祖父母宅にはティリーというスパニエル犬がいるので、その子と遊びながらも「自分だけの犬」への思いを断つことが出来ません。

 そんなさなか大きな変化が起こります。チキチトの絵を電車内に置き忘れ、失くしてしまうのでした。ただの絵のはずなのに、いつのまにか執着がわいていたことに驚くベン。
 そのときから、ベンが目を閉じるたび「まぼろしの犬」が現れるように。その犬をチキチトと呼び、ベンは実体のない犬に夢中になっていくのですが……。

 理想と現実のはざまで揺れ動く少年の気持ちに共感する、子ども時代の自分がいます。でも現在の自分は大人であり「それではいけない」とよくわかっています。シロでなく小太郎を大好きになったように、人は自ら殻を破らねばならないのだと。

 ベンはまぼろしの犬を卒業出来たのでしょうか。ハラハラの展開なれど、着地は最高だとお約束します。イギリスの美しい自然描写に浸りつつ、是非ご一読を。
イラスト/国樹由香

国樹 由香(クニキ ユカ)

漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著のメフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。


公式X(旧ツイッター)→https://twitter.com/kunikikuni
公式インスタグラム→https://www.instagram.com/kunikikuni/


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