『レインコートを着た犬』/吉田篤弘
文字数 1,787文字

同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』で第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い本」をネタバレなしで、素敵なイラストつきで紹介してくださいます。
第13回目の今回は、吉田篤弘さんの『レインコートを着た犬』です!
一気に読みたい本は当然素晴らしいですが、むしろ毎日少しずつ読みたい本もあります。今回ご紹介するのは後者。乾いた大地にゆっくりと水がしみていくような物語、吉田篤弘さんの『レインコートを着た犬』(中公文庫)です。
全てを達観した人生の先輩のような犬、それがこのお話の語り部であるジャンゴです。「月舟シネマ」という小さな映画館の番犬として、町の皆に愛され、穏やかに過ごす毎日。映画館をきりもりする「直さん」という青年と暮らしています。
ジャンゴは人間の話すことを何もかも理解しています。たまにわからない言葉があっても、会話の脈絡から判断出来てしまう聡明さ。
「人間というのは、どうして揃いも揃って、犬であるところの私に延々と話しかけるのだろう。」
耳が痛くなるような独白です。私も我が家の犬たちに延々と話しかけますから。
犬だから行けないところが沢山なのを残念に思っており、もしも叶うなら1番目に行きたいのが「銭湯」で、2番目が「図書館」で、3番目が「喫茶店」だと。なんと私と気が合うのだろうと、嬉しくなりました。
このお話は月舟町シリーズ3部作の完結編ですが、愛すべき登場人物たちのおかげで、これ1作だけでも問題なく楽しめます。
メインキャラクターたちが関わる映画館やパン屋や食堂や屋台や古本屋は、訪れてみたくなるお店ばかりですが、それぞれの経営は青色吐息。現実の厳しさがのしかかってきます。
「屋台とか古本屋っていうのは世の中のどんづまりにある最後の楽園みたいなもんでさ、そういうところへ辿り着いた連中が、全員、マケイヌであっても俺はまったく構わない」
古本屋の親方のセリフです。ジャンゴは「負け犬」という言葉に気をとられたけれど(犬ですから)、私はこのせつない言葉に含まれる溢れそうな優しさにしびれました。
「犬だって笑いたい」と常に思っているジャンゴは、人間がそれを察してくれないことがもどかしくてなりません。彼の考えた「笑う犬」になれる方法が、可愛くてあたたかくてもう。ジャンゴをハグしまくりたくなりました。是非読んで、ご確認いただきたいエピソードです。
タイトル通り、ジャンゴはレインコートを手に入れます。直さんが「ジャンゴは雨の日の散歩でレインコートを着たがっている」と思い込んでしまったからですが、それは大きな勘違い。賢いジャンゴは映画館経営で日々切り詰めた生活をしている直さんに、少しの出費もさせたくなかったというのに。
優しいすれ違いによる空色のレインコートを着たジャンゴはさぞ可愛いことでしょう。雨の匂いのする物語を、雨の休日に味わっていただきたいです。
ジャンゴの夢の場所である銭湯。この小説を読むと心も体もじんわりとあたたまり、それこそ銭湯にゆっくり浸かったような気分になれますから。

漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著の『メフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。
公式ツイッター→https://twitter.com/kunikikuni
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