「もの言えぬ証人」/アガサ・クリスティー
文字数 1,698文字
同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』で第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い本」をネタバレなしで、素敵なイラストつきで紹介してくださいます。
第21回目の今回は、英国ミステリー界を代表する巨匠・アガサ・クリスティーの『もの言えぬ証人』です!
ようやく春めいてきましたね。大好きな季節ですが、花粉症の私には大変辛いシーズンでもあります。同じお悩みを抱える皆さま、こんなときは大人しく室内で、読み応えたっぷりの長編ミステリに没頭しましょうか。
表紙からして犬好きはスルー出来ないこちら。「ミステリーの女王」と呼ばれたアガサ・クリスティー作の『もの言えぬ証人』(クリスティー文庫)です。
「エミリイ・アランデルは五月一日に死んだ。」という一節から始まる物語は、イギリスの田舎町が舞台です。クリスティーが丁寧に綴る町の様子や、イギリスの古いお屋敷の描写は大変興味深く、アクの強い登場人物たちはそれぞれキャラが立っており、冒頭から引き込まれます。
特に、大富豪で一見気難しい老婦人エミリイはタフかつ聡明。きりりとした老齢女性、素晴らしい。
そんなエミリイが書いた手紙が名探偵エルキュール・ポアロの元に届いたとき、すでに彼女は死んでいたのです。それも2ヶ月も前に。
死者からの手紙は雲をつかむような内容で、興味をそそられたポアロは、ホームズにおけるワトソン役であるヘイスティングズと共に調査に乗り出します。
読んでいるこちら側もポアロ登場の途端ワクワクしてしまうあたり、誰もが知る名探偵はすごいなと。
大富豪の死なので、物語の主軸は遺産相続をめぐる騒動です。登場人物の数は多くないものの、関係者全てが怪しく思えてくる筆致にうならされます。
エミリイにはワイヤヘアード・テリアのボブという愛犬がいました。ボブはボール遊びが大好き。あきずに階段の上からボールを下に落としては拾いに行くという遊びを繰り返すのです。これきっかけで起きた「犬のボール事件」は物語の重要なキーとなるのでした。
ヘイスティングズはボブの気持ちが大変よくわかる様子で、ボブの吠え声を人間語に変換して聞いています。あくまでも彼の想像なので、残念ながらタイトル通りボブは「もの言えぬ証人」なのですが。
本格ミステリを読むとき、いつも以上に犬の生死が不安になる私ですが、この本には最初にこんな文章がありました。
「友人たちのうちで最も忠実であり
連れとしてもっとも親しく、
千匹のなかの一匹の犬といえる
愛するピーターに捧ぐ」
クリスティーの愛犬に対する献辞です。犬好きで有名だった彼女ですから、信じて読みました。結果、信じてよかったです。
古典小説の品格に身をゆだねつつの読書は心地よいです。さあ、あなたはこの真犯人に辿り着けるでしょうか。ボブはしゃべりませんが、雄弁なのですよ。
漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著の『メフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。
公式ツイッター→https://twitter.com/kunikikuni
公式インスタグラム→https://www.instagram.com/kunikikuni/
金時(きんとき)
黒白のMIX犬/10歳/甘えん坊なシャイボーイ(怪我治療中)
茶色のMIX犬/9歳/自由に生きるおてんば姫
「春はウトウト」