『救国ゲーム』評・円堂都司昭

文字数 1,002文字

国民全員が人質
(*小説宝石2021年12月号掲載)

『救国ゲーム』結城真一郎(新潮社)

 限界集落を奇跡の復活へ導いたカリスマ・神楽零士が、殺害された。ネット動画の論客パトリシアが犯行声明を発する。事件のあった集落の住人・晴山陽菜子は真相解明のため、旧知の仲で死神の異名を持つ官僚・雨宮に協力を要請する。


 結城真一郎『救国ゲーム』は、国民全員が人質になる物語だ。「若女」と呼ばれる能面を着け、愛国者=パトリオットと救世主=メシアをあわせた名を自称するパトリシアは、神楽の論敵だった。日本の国家存続のため、財政のお荷物である地方を切り捨て破綻を回避せよと主張していたのだ。神楽殺害後、パトリシアは政府が自分の主張通りにしなければ地方をドローンで無差別攻撃すると脅し、国民に命が惜しければ政令市か東京特別区へ移住せよと迫る。


 神楽による限界集落復活劇では、生活物資を輸送するドローン、住民の足となる自動運転車両がポイントになっていた。それに対し、事件では神楽の切断された首がドローンで運ばれ、首無し死体を乗せて移動した自動運転車両は炎上したのだった。犯行法に悪意が感じられる。装置の操作を考えると地元住民がかかわっていたはずだが、それが可能な該当者が見つからない。


 国家的課題と機械操作の謎というレベルも質も異なる難問がつきつけられる。閉鎖的な地方で地方色のない機械が推理の焦点になるのが、逆に面白い。日本という国家に住む誰もがパトリシアがつきつけるものと無縁でいられないわけで、本書を読む人の多くが人質になった気分を味わうだろう。やがて明かされる犯人が事件計画に至った経緯は、あまりにも皮肉で痛ましい。課題の解き難さを印象づける結末だ。 

知を集めた実験的アンソロジー

『異常論文』樋口恭介編(ハヤカワ文庫JA)
 SFには科学や論理を空想で膨らませる面白さがあり、論文に似た記述を含む作品も珍しくない。それに特化したらどうなるか、実験したアンソロジーが樋口恭介編『異常論文』だ。小川哲「SF作家の倒し方」は題名通りの研究だし、カフカが素材の大滝瓶太「ザムザの羽」や倉数茂「樋口一葉の多声的エクリチュール」は文芸批評のようでいて異様な展開をみせる。柴田勝家「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」は、虫の観察と宗教史が渾然一体となった印象で頭がクラクラする。人間はいろんなことが考えられるのだと感心する作品多し。

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