『麻倉玲一は信頼できない語り手』評・西上心太

文字数 1,017文字

稀代の殺人者が語る奇妙な謎と衝撃の結末
(*小説宝石2021年6月号掲載)

『麻倉玲一は信頼できない語り手』太田忠司(徳間書店)

 死刑が廃止されてから二十八年。三河湾に浮かぶ離島・木菟啼島には刑務所と特別拘置所を兼ねた民間施設があり、三十八名の終身刑者とただ一人生存する死刑囚・麻倉玲一がいた。フリーライターの熊沢は麻倉の告白本を出版するため島を訪れる。十五人を殺害してきたという麻倉は熊沢に向かい、己の殺人遍歴を語り始める。


 専門誌に特集されるほど特殊設定ミステリーが流行しているが、本書はそれに加え、タイトルにあるように、〈信頼できない語り手〉による作中作を配す趣向も凝らされている。


 麻倉の告白とインタビューを元にした四つの作中作を通して、稀代の殺人者の半生がたどられるのだが、殺害方法や動機をめぐる魅力的な謎が用意された短編ミステリーになっていることにも留意したい。ライターとしてまだ腰が据わっていない熊沢は、麻倉が放つ毒気にあてられ、ともすれば自分を見失っていく。さらに島の所有者や施設職員には、麻倉と個人的な因縁があることも判明し、より複雑な様相を呈していく。


 人の命をジャッジする役割を与えられていると嘯く麻倉のキャラクターは強烈な印象を残す。トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』などに登場するハンニバル・レクター博士を想起する読者もいるだろう。ところが麻倉を取り巻く状況に大きな変化が起こるとともに、施設内でとんでもない事件が発生する。


 はたして物語の中で何が起きているのか。最終盤に至っても、ますます読者の疑問は募っていくばかりなのだ。


 だが作者は見事な回答を用意して物語を収束させ、数々の疑問の霧を見事に晴らしてみせる。計算し尽くされた驚愕のミステリーである。

海外発、異色の「作中作」ミステリー

『第八の探偵』アレックス・パヴェージ著 鈴木恵訳(早川書房)

 独自の探偵小説理論を実践したミステリー作品集を一冊発表した後、地中海の小島に隠棲しているグラント・マカリスター。二十五年前に出た本の復刊をもくろむ編集者のジュリア・ハートは、彼が暮らす島に赴く。


 本書も作中作が配された作品だ。奇数章にマカリスターの書いた七編の短編が、偶数章にはその作品をめぐる二人のやりとりが描かれる。だが議論が進むにつれ、ジュリアはある疑問を抱き始める。


 あらゆるパートに仕掛けが施された、趣向たっぷりのデビュー作。執筆中という二作目も楽しみだ。

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