『呑み込まれた男』評・三浦天紗子

文字数 1,072文字

奇想天外なもうひとつの『ピノッキオ』物語
(*小説宝石2022年8・9月合併号掲載)

『呑み込まれた男』エドワード・ケアリー 著/古屋美登里 訳(東京創元社)

 太から彫った人形が動き、自分を〈バッポ(お父ちゃん)〉と呼ぶ。人形に命を与えた創造主であり父となった喜びと、モノでしかないはずの人形がモノであることを拒むということへの混乱と嫌悪感。相反する感情をコントロールできないジュゼッペは、〈おとこのこになりたい〉というピノッキオにつらく当たる。しかし、失って初めてその存在のかけがえのなさに気づいた彼は、迫害されて海に流された〈息子〉を探しに小さな舟で航海に出るのだ。巨大な魚に呑み込まれてしまったジュゼッペだが、魚が呑み込んでいたマリア号という大型船をホテル代わりにして、船長の航海日誌に、自身の生い立ちやこれまでの恋愛遍歴、息子への思いなどを綴っていく。


 ゴミから財を築いた一族の物語〈アイアマンガー三部作〉の主人公・クロッドやルーシー、マダム・タッソーの数奇な生涯を描いた『おちび』のマリーなど、子どもの健気さや冒険心がケアリー作品の魅力。本書でもピノッキオや幼い日のジュゼッペの愛らしさに胸を掴まれる。実は陶器の絵付け師の名門一家の出であるジュゼッペは、父の期待に応えられず、大工という違う道を選んだ。自由な発想と豊かな創造性に富んだピノッキオは、実はジュゼッペ自身にそっくりなのに、自分の思い通りにならないことに失望する。しかしそれは自分が父から受けた傷でもあったことを思い出し、無意識のうちに同じ傷をピノッキオに負わせた自分を責める。


 父と子の確執、親の哀しみと子の哀しみ、現実と妄想とが鏡映しになって、日誌の中でめまぐるしく場面は変わる。蝋燭の本数がカウントダウンされていく中、ジュゼッペの運命を見守るハラハラ感。なにより、ラストの余韻がすばらしい。


難問揃いで後味悪しのミステリ五編。
『#真相をお話しします』結城真一郎(新潮社)
 YouTuber、リモート飲み、マッチングアプリなど、昨今はすっかりおなじみになった現代のモチーフを取り入れた五編を収録。家庭教師を斡旋する学生営業マンの状況が飲み込めるにつれ、ハラハラ感が高まる「惨者面談」、出会いの目的が明かされた瞬間に怖気を味わう「ヤリモク」、生殖に関する既存の価値観が揺さぶられる「パンドラ」、浮気発覚のプロセスとラストのどんでん返しが見事な「三角奸計」、人気職業をめぐる苦い結末を描いた「#拡散希望」。トリックも結末も、見たことのない意外性に満ちていて、痺れること請け合い。

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