『うかれ十郎兵衛』評・東えりか

文字数 1,044文字

江戸の名プロデューサー
(*小説宝石2021年8・9月合併号掲載)

『うかれ十郎兵衛』吉森大祐(講談社)

 喜多川歌麿、東洲斎写楽という浮世絵の代名詞のような絵師を育てたのは、蔦屋重三郎という地本商人で書肆「耕書堂」の主人である。下品な草紙で江戸の話題を集めていた。「蔦重」と呼ばれたこの男、絵師だけでなく戯作者や吉原遊郭の花魁までプロデュースした稀代のやり手であった。

 彼が売り出した才能を小気味良い五本の短編に仕上げたのが『うかれ十郎兵衛』である。

「美女礼讃」の主人公は喜多川歌麿。女房の病気で金の欲しい狩野派の絵師の勇助を口説き落とし、吉原の新しい筆頭女﨟「花魁揚巻」を売り出すための仕掛けをほどこす。歌麿という名は世を忍ぶ仮の姿であった。

 蔦重が手掛ける本は軽い、下品だと言われつつ飛ぶように売れた。戯れ話を書いていた一人が駿河小島藩の江戸留守居役、倉橋寿平で恋川春町と名乗った。だが田沼意次の失脚による奢侈禁止令で家に籠りきりとなる。この寿平の秘めた恋愛を描いたのが「桔梗屋の女房」だ。

 江戸城に勤める木挽町狩野家の奥絵師・文洲をなんとか町絵師にしようと画策する「木挽町の絵師」、戯作者を目指して蔦重の手代として働く瑣吉と、吉原一の美妓・白縫花魁との関わりが曲亭馬琴を作り上げたという「白縫姫奇譚」、そして現代まで残る謎、東洲斎写楽は誰かを追う「うかれ十郎兵衛」。

 酸いも甘いも噛み分けた蔦屋重三郎が育てた絵師や戯作者、役者や商人たちが後の化政文化を花開かせる一因となったことは間違いない。

 自分の存在の意味を求めて苦しむ人間を、さらりとした筆致で描いていく吉森大祐というこの作家、次回作を期待させる。

異色落語会の楽屋話

『お持ち帰り、新感覚落語YEBISU亭』 まあくまさこ(東京かわら版)

 1999年に産声を上げ、2019年に60回を迎えた異色の落語会「YEBISU亭」。常に落語家+ゲストで開催されるが、そのゲストがすごい。

 第一回目の市川染五郎(現・十代目松本幸四郎)から始まり筑紫哲也、デーモン閣下、前田日明、西城秀樹など多士済々。曲者たちをまとめ上げるのはプロデューサーのまあくまさこ。本書の著者である。

 レギュラーの柳家花緑、林家たい平、柳家喬太郎と座談会で明かされる仰天の楽屋話を読んでいると何の憂いもなく聞ける落語がものすごく恋しい、待ち遠しい。

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