『余命一年、男をかう』評・瀧井朝世

文字数 1,004文字

自分の人生の選び方
(*小説宝石2021年10月号掲載)

『余命一年、男をかう』吉川トリコ(講談社)

 リアルな本音が心のツボを押しまくってくる快作、それが吉川トリコ『余命一年、男をかう』だ。主人公は節約が趣味でせっせと老後の資金を貯めてきた片倉唯、四十歳。事務職として働き、節約とキルト作り以外趣味もなく、友人関係も希薄で恋人もおらず、結婚願望もない。そんな彼女が無料だからと受けた検診で、子宮がんと宣告される。医者から無理やり聞き出した余命は一年。もちろんショックを受けたものの、「もう老後の心配をしなくていい」と安心したのも事実で、手術を勧められるが拒否した唯。そんなタイミングで彼女に声をかけてきたのが、ピンクの髪をしたホスト、瀬名だ。時はコロナ禍、自身の仕事も実家の飲食店も窮地に立たされている彼に、唯は勢いで大金を出す。タイトルにある通り、「男をかう」のである。


 ビジネスライクな関係を楽に思う唯だが、口調は軽薄でも実は繊細で優しい瀬名と接するうちに、本音をぶつけあったり、感情が揺さぶられることがあったり。そんな日常がコミカルに描かれていく。とにかく、二人の会話が楽しい。


 瀬名と接しているうちに、唯は自分の中の偏見や頑なさに気づいていく。職業差別、人をカテゴライズしてしまう癖、他人に素直になれない性格、等々。後半では瀬名の視点に移り、彼もまた、唯との出会いを通してさまざまな気づきがあったと分かる。それらは時に、読者をもはっとさせる。


 痛快なくらい多くのことを切り捨てて生きてきた唯にも、次第に生に対して執着が芽生えていく唯にも大いに親しみをおぼえ、どちらの人生観も自分の中にあると気づかされた。安易なメロドラマに陥らない展開も心地よい。

松本清張賞受賞作はポップなノワール

『万事快調<オール・グリーンズ>』波木銅(文藝春秋)

 選考会で満場一致で決定した松本清張賞受賞作。現役大学生の著者が描くのは、閉塞的な社会から抜け出すために大博打に挑む三人の高校生だ。


 田舎の工業高校のクラスで、たった三人の女子。男性優位社会の縮図のような教室で居心地の悪さを感じる彼女たちだが、特別親しくしているわけではない。だが、一人が大麻の種を入手したことから一致団結、園芸同好会を作ってこっそり栽培し、大金を稼ごうと目論む。なんともポップな青春+ノワール小説だが、今の社会の息苦しさをしっかり見つめた筆致は要注目だ。

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